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LPT annex

whatever LPT consists of

episode 1204 : A Torrential service

life is life

「ゲリラサービス提供中」
 
 天気の良い日は会社から大手町まで歩いて帰る事が多い。先日、八重洲仲通りを通り東京駅へ向かう際、ふと進行方向左側に蕎麦屋が3軒横並んでいる事に気づいた。立喰そば屋、隣も立喰い、そのまた隣は普通のそば屋…あれ?真ん中の店は「手作りインドカレー」とも書いてある。そば屋でインドカレー?「たぬき&インドカレー」「朝カレー定食」冗談ではない様だ。丁度お腹も空いていたし、立喰そば屋のインドカレーとはどんなものかと話の種に注文した。

 店内は、痩せて少しワルな雰囲気の初老男性2人が受付と奥で切盛りしていた。出てきたのは完全に蕎麦屋のカレーではなく、骨付チキンと刻みトマト、ローリエがゴロゴロ。肉は完全にほろけて、辛いというよりスパイスの香りが口いっぱいに広がり、実に美味い。くせになる刺激的な味だ。辺りを見回すと、「手作りパウンドケーキ」「今週のインターナショナルそば」など、頭が混乱するようなメニュー満載、客も「チーズそば」「たぬきラーメン」と聞捨てならない品々を注文している。そしてBGMはモータウン。ここでBGMがジャズだったら、企画物チェーン店系の演出だが、モータウンという所で骨を感じた。

二日後、会社の友人を連れて再訪した所、彼女の頼んだカレーそばには、所謂そば屋王道のカレーあんではなくめんつゆにインドカレーがかかっていた。相当美味かったらしく、彼女は汁まで飲み干した。肝心のそばは、のび気味で普通に立喰そば屋のクオリティだったという。一方私が注文した和風カレー丼はカレーあんで、ご飯が余りに多かった為、追加でかき揚を頼むと、強面のおじさんが嬉しそうに「つゆ、かけてやろうか?それとも…」と、紅生姜のかき揚にかけてくれたのはインドカレーだった。写真を撮ったら「SNSにあげんなよ!サービスなんだから」と、とっさにおじさんの口からSNSという言葉が出たのも驚いたが、カレーがけはおじさんの気持ちだった事にも吃驚した。

週明け、今度は主人にもカレーを食べさせようとテイクアウトする事にした。私はカレーにゆで卵とふきのとう天、テイクアウトもカレー1人前に天ぷらだ。受付のおじさんは顔を見るなり「お、来たな!友達はどうした」と言うので、「仕事でふられたよ」と答えたら「つれない友達だなあ」と満面の笑み。天ぷらはカレーのトッピングにしてもらおうと思ったら「まずくなるよ」「めんつゆかけてやろうか」と、わざわざ別皿にしてくれて、カレーには崩れてない骨付き肉を拾ってどーんと乗せてくれた。食べている最中も「食べ終わったら言ってね」等やたら声をかけて来て、お土産分の天ぷらは揚げおきがあるにも関わらず揚げたてだった。おじさんの自由闊達サービスは、完全に立喰そば屋の常識を逸脱している。しかも凄く楽しそうだ。カレーには主人も感服していた。

 何が主役かわからない常識外れのメニュー、その中でも抜きんでて美味しいカレー、そして立喰そば屋としては驚愕のサービスに、新年度の疲れも吹飛んだ。ありがとうおじさん。また来るよ。気づいたら週3回も通っていた。

Apr. 2012

Killing Joke / Killing Joke

music
Killing Joke

 現役ポスト・パンクの重鎮、キリング・ジョークが90年代後半の倦怠期を脱出、2003年にデビュー作と同じセルフ・タイトルにて発表した復活作です。80年代後半から時流に乗せたキレイめサウンドで失速していただけに、本来の真骨頂である隙間のない真っ黒なゴリゴリ感に感動すら覚えます。リーダーのジャズ・コールマンは何とクラシック畑出身で欧州では指揮者としても名を馳せており、昨今のP・フロイドやツェッペリン等のロック・シンフォニーのスコアを書いてたり、フランス文化省から芸術文化勲章シュバリエ位を授与された上、どっかの教会で聖職者の資格があったり、そんな高尚な人がどうしてこんな絶叫ブビャーな音を出せるのか、見た感じは悪いカダフィ大佐みたいなのに皆目見当がつきません。(ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル、EICP-265)

Jul. 2011

 

episode 1203 : Sakuradai Curry War : two

life is life

「桜台カレー戦争(後編)」
 
 城北の住宅地・桜台で勃発した2軒のインドカレー屋による熾烈な戦いは、後発の店が前振りなく閉店した事により膠着したが、それは新たなるフェーズへ向かう静寂に過ぎなかった。立春を目前にした1月の終わり、またも告知なく内装工事が始まり、いい加減なスタンドカレー屋はテーブル席のレストランへと豹変したのである。時に2月末日、桜台第二次カレー戦争が勃発した。

 木製ドアとシール張りで中の様子が見えづらい窓で、入りにくいスナック風に生まれ変わった店は、客足がまばらで苦戦しているらしく、満席の時もあれば客一人いない時もあり、客が少ない時は中からインド人が駆け足で飛出して「イラシャマセー」と客引をするので、ただでさえ入りにくいのに通りがかりの人は足早に通り過ぎてしまう。カレーセットも2種類残して一気に値上がり、夜はコースメニューも加わった。偵察のため主人とランチに入ると、一番安いカレーセット599円には飲物も加わり、味も以前より美味しくなっていたが、カレーが出てきて食べている間BGMもテレビもない無音の店内では、背後をうろうろするインド人の足音だけが鳴り響き、外に人通りがあるやいなや、駆け足で飛出していく店内には猛烈に張詰めた空気が漂っている。帰りに10%引のテイクアウトも飲物はつくのか、と尋ねたら悲しそうな眼をして「飲物分、10%オフなんですよ」と弁明された。新装後、一分の余裕もないのが見て取れた。

 新装開店した後、先発店はどうなったか、相変わらずテイクアウト500円で頑張っているが、気になって翌週ランチに入ってみた。ランチは据置き690円からカレー2種、チキン付等種類豊富、サラダと飲物付で他に飲み放題のセルフコーヒーもある。おまけにナンとライスはお代わり自由、しかもお代わりナンはフルサイズだ。元は昭和の洋食レストランだった店内にはインドポップスが流れ、こちらも客はまばらだが、明らかに時間を気にせず寛げる空間が広がっている。もう一銭も安くはできないが、味とサービスで勝負するしかないという覚悟を感じた。厨房からは赤ちゃんの泣き声が聞こえる。震災時身重だった奥さんも完全復帰、何が何でも負けられない。「アーリガトマシター」ランチに18回利用するとセットがどれでも1回無料の、スタンプカードも貰った。

 後発店の微妙な焦りが露見し始めたのは、開店後ひと月も経たない頃、やたら店先に電飾が増え始めた事だった。壁付、床置き、そして何故か「SALE」のネオンまで…やがて、焦りは価格にも反映され、3日間オール10%引をやっても満席にならなかった週明け、遂にセットメニュー6種類は一律599円となった。店の前を少しでもゆっくり歩くとインド人が飛び出てくるのはお約束だ。

 焦りから自ら客を逃している後発店と、もう一歩も動かじの覚悟でサービスを売る先発店。軍配を上げるのは時期尚早だが、そもそも桜台という小さな街にインドカレー屋が二軒もある事が既に飽和状態だ。どちらも客足が鈍いだけに共倒れになる事だけはなきよう、切に願いたい。

Mar. 2012
 
追記1 Dec. 2016
 
 2016年12月現在、本編に登場する先発のカレー屋は2度オーナーが変わり閉店、後発のライバル店は店名変更とメニューのリニューアルを繰り返した結果客が寄り付かなくなり、今ではほぼ開店休業状態。その上、先発のカレー屋が潰れた後、上階の洋食店も閉店、建物に入っていた店すべてが潰れました。こう書くと、盛り上がってるのか盛り下がってるのかさっぱりわからない桜台駅周辺ですが、カレー屋だけが何故か激しく開店と閉店を繰り返しているだけで、後は年々おいしい店が増えている、暮らしやすい、いい街です。
 
追記2 Dec. 2016
 
さる有力な情報筋(=fumikura店長)によると、先発のカレー屋さんが入っていたビルは、新ビル建設の為今月末をもって取り壊し、駅前に10階建のビルが出来るんだそうで、その為立退きの憂き目にあったようです。一方、後発のライバル店は、暮れのかきいれ時というのに、店に灯りがつきません。と言うわけで、桜台カレー戦争は既に終結した模様death.

Echo & The Bunnymen / Crystal Days : 1979-1999

music
Crystal Days 1979-99


活動20年を回顧する、4枚組のベスト盤です。年代順に聴いていくと、リーダーのイアン・マカロックが、ガラスの破片を両手一杯握り締めるような若さゆえの不安から、どの辺りで開放され、よき伴侶を得て精神的に満ち、安定してくるかという過程が、笑っちゃうくらいわかります。この人の場合、結婚してすっかり曲が「風呂場の鼻歌」になってしまいました。よほど幸せなんでしょう。(米Rhino Records # 74263)

Feb. 2006

episode 1202 : Sakuradai Curry War : one

life is life

「桜台カレー戦争(前編)」
 
 開国後、日本人のカレー好きは周知の事実で、家庭で作る欧風カレーは勿論、近年ではサラサラで激辛なインドカレーもすっかりお馴染みになった。先日、桜台は個性派ラーメン激戦区だと紹介したが、昨年からもう一つ、熾烈な闘いを繰り広げている飲食店がある。インド人がやっているインドカレー屋だ。

 始まりは、桜台駅前の魚系定食屋が、店主高齢の為廃業した事だった。駅前で空気のような存在だった焼き魚屋が、全くの居抜きで形を変えずインドカレー屋になるまで、さほど時間はかからなかった。作りは全く昭和の定食屋にインド人がぎっしり。昼も夜も各種カレーとナン(またはライス)で599円という微妙な価格設定の上、本格的なタンドリーチキンやシシカバブも一通りあり、更にテイクアウトでは10%引きというハイピッチな激安設定で、順当に集客していった。少し余裕ができたのか、ネオンサインを新調した。地元の施工会社へ適当に頼んだのか、明らかに和風水商売用で縦書きに「インドカレー」と書かれたネオンちかちかの看板が煌々と輝き始めたが、裏はのっぺらぼうだった。そこに、別の店が満を持して反旗を翻したのである。

 その店とは、こちらも数年前に潰れたスナックを居抜きした、別珍のソファとマホガニーの調度品が料理に合わないインドカレー屋だ。全体的にもう少し高い価格設定で以前からランチセットやテイクアウトを提供していたが、目と鼻の先にある前出の店がオープンすると次第に客足が衰えた。そこに「テイクアウト500円・サラダ付」という看板を出し、あからさまな攻勢をかけた。新機軸としてこの店がテイクアウトにモモ(ネパールの餃子)を加えたら、もう一方も早速モモを始めた。しかも、数十円安く。ある日主人がテイクアウトしに行くと、インド人の店主は何も聞いていない主人に対し、まくし立て始めた。

「あそこの店ね、やってる奴らうちの常連だったですよ。何度も食べに来て、うちの斜め向かい店出した。とんでもないですよ」この店主、さきの大震災時には何とか祖国へと脱出を画策したが、奥さんが身重でどうにも逃げられなかったと、涙ながらに語っていたそうで、喜怒哀楽の激しい話し好きらしい。

 至近距離で壮絶なデフレスパイラルの火花を散らす2軒のインドカレー屋。だが、一歩鼻先リードしていたはずの前出の店が、年明けに突如閉店してしまった。続々と搬出される錆だらけのダクトや什器、店頭には何の告知もない。そのうちぴったり様子が膠着し、通りは静まり返ってしまった。ライバル店に常連のふりをして偵察をかけ、至近地に開店したインド人達はどこへ?残った店のデフレ価格は据置きか?次回、衝撃の第二次カレー戦争勃発!!

Feb. 2012

Comus / To keep from crying

music
トゥ・キープ・フロム・クライング(紙ジャケット仕様)


 70年代初頭に活躍したプログレフォークバンド、コウマスです。9人編成という大所帯で、ヴォーカル3人、鳴り物複数、定員オーバーの大迫力です。まるで4畳半の風呂なしアパートに客が15人位やってきて、座る場所もなくワイワイガヤガヤ立ったまますし詰めで飲み食いした挙句、誰も片付けないで一斉に帰っていった気分になります。曲展開が忙しいので、小春日和に何となく家事に身が入らない時の起爆剤にもオススメです。(ストレンジデイズレコード、WAS-1068)

Mar. 2008

 

episode 1201 : Current funeral style in UK

life is life

「イギリス葬祭事情」
 
 海外オークションがご縁で知り合ったイギリスの老紳士と仲良くなって3年になる。流石は天下の英国紳士、メールや電話では強烈なブラックジョークとウィットにいつも一本取られっぱなしだが、そんなデイヴおじいちゃんの愛妻、ジルおばあちゃんの弟さんが闘病の末亡くなったとの連絡があった。イギリスではどんな葬儀が行われるのか、日英友好の為に聞いてみた。すると、

「まず教会で葬儀が行われるんじゃ。そして、火葬場のある式場へ行ってのう、荼毘に付されるんじゃ」えっ、土葬じゃないの?「昔は土葬が主流だったが、今は火葬と半々じゃ。棺に、故人の愛用品を何でもかんでも投げ込んでやって、三日三晩、灰になるまで焼き続けるんじゃ」!!三日三晩も?!「そうじゃ、何もかも粉になるまで焼きつくし、集めた灰を小さな陶器のつぼに入れてのう…」
骨壺だね、それは日本と同じだ。それで?「人によっては家のマントルピースの上に飾っておくんじゃ」えーやだよそんなの。墓に入りたいよ。「もしくは、故人の遺志で散骨するんじゃ。わしの山登りの友人が亡くなって、そのうち二人は好きだった山に仲間と登って散骨してやったんじゃ。だが、散骨で気をつけねばならん事は…」何だろう。日本なら特段、許可は要らないそうだけど…

「風じゃ!!骨灰を撒く場所と風向きを吟味せんと、途端風向きが変わって、参加者全員灰まみれじゃ」うわ~、友達の骨で全員真っ白?!服についたらお土産つきになっちゃうよ。そういえば、おじいちゃんのお父様は戦前早逝され、ロンドン市内の公園墓地に眠っていたが、空襲で墓地が丸焼けになり、お墓も粉々になって所在が分からなくなってしまったので、後年お母様が天寿を全うした際にはやはり火葬後、天国のお父様に早く会えるようにと墓地に直接散骨したそうだ。イギリス人は今や墓にはこだわらず、地に帰り残された人の心に生きる事を願うのだろうか。「それって、無縁仏にならないの?!」と、聞き返す程の語学力も勇気もなかったが、宗教感の違いによる不理解を越え、今は私も弟さんのご冥福と家族の安堵を祈る事にしたら、おじいちゃんはこう続けた。
「戦前、わしのおばさんがロンドン郊外のお屋敷付の女中でのう、カトラリー番じゃった。昔、ナイフやフォークは真白な軽石粉で磨いたものじゃったが、おばさんの軽石粉は灰色で、火葬後の骨粉で磨いてるって、親戚中のネタにしとったんじゃ!!」やっぱりやだよ、おじいちゃん、ジョークきつすぎ!!

Jan. 2012