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episode 0812 : The henchman

「子分肌の人」

 私の主人は大学時代から音楽活動を続けているが(プロではない、念の為)、最近加入したバンドの練習が練馬で行われる為、他のメンバーが時折うちにくる。メンバーのうち二人はアルバム発表、国内外ツアーも経験した元プロのミュージシャンで、酒を呑みながら昔話に花が咲く。一人はドラマー、もう一人はベースと、バンド内では比較的地味な存在だったらしく、ある日、他のメンバーが機材撤収など裏方作業をしないので、二人とも大変苦労したという話で盛り上がった。

 この二人が決定的に違うのは、元ドラマーで今はヴォーカルの彼は、高校野球で鍛えた屈強な体に腹から発する太い声、見るからに頼りがいのありそうな一方、ベースのS君は物腰も柔らかく口数も少ない、おっとりを絵に描いたようなぽっちゃり型。よく聞くと、ヴォーカルの彼はバンド内では裏方でも、海外ツアー中は地元バンドのメンバーを束ねて呑みにいった等、親分肌満点の武勇伝も多い。その横で、酒の量が増すにつれ、たまらなくなってきたS君が口を開いた。

「僕はね、フロントの奴がね、ライブの後キャーって女の子に囲まれる横で一人黙々とコード束ねたり、アンプをバンに積込んだり、いつもそうだったんですよ。アンプなんか縦横置く位置考えたりして、いっそ手伝って貰わない方が積込み早い位だったんだ。次のツアー会場がある街までその日のうちに移動して早く休みたいのに、いつまでたっても女の子と喋っちゃってさ、僕なんか撤収がひと段落した所でムサい男のファンにひと声かけられて終わりですよ。バンの運転も僕だから、酒も呑めないし!女の子と喋りたかったですよ、僕だって…」もうどうにも止まらなくなった彼の昔話は、既に花が咲くよりも涙が滲んでいた。親分肌の彼が「そうだよな、そりゃ大変だったよな、ワッハッハ!」と場をとりなして、幸い湿っぽくはならなかったが、随分と胸に溜めていたのだろうか。

メンバーが帰った後、主人がぽつりと言った。「…S君、子分肌なんだよな…」

 S君は今もバンドの練習が終わった後、打上げでは酒も呑まず、親分肌の彼を車で送ってから帰るのだという。子分肌の人は、その星巡りで一生子分で終わる気がする。でもそうやって「なくてはならない人」になれるのも、一つの素敵な選択肢であると、S君をリスペクトせずにはいられない一日だった。

Dec. 2008

追記 Jul. 2015

ちなみに彼のライヴアクトは、まるで道野辺のお地蔵さんがベース片手に助けに来たかと見まごうほどの縦横無尽な菩薩的超絶プレイで、いつも目が釘付けになっています。歌もすごくうまくて、PA操作もできるので、バンド仲間内では引っ張りだこのスーパー子分です。