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episode 1003 : Shot by both sides

「挟み撃ち」

 昨年から姉の紹介で西荻窪の鍼灸院に通っている。自分より少しだけ若い女性鍼師が自室で開業している小さな鍼灸院だが腕は確かで、生まれつき目が悪く、幼少の頃から悩みの種で初診時「背中の色が違う」と驚かれる程の執拗な肩凝りと目の疲れが薄皮を剥ぐように楽になってきており、東洋医学においての主治医を得た感があり、毎回楽しみに足を運んでいる。通り道の北銀座街商店街は中々充実しており、大型店など入る余地のない元気な個人商店が軒を連ね、行帰りに食材や雑貨を買うのも更なる楽しみだ。その中で事の他活気のある八百屋がある。野菜は重いからと敬遠していたが、姉からそこの干し芋を貰ったら大変美味しく、糠漬けも絶品(姉談)との事。見た所品揃えも良いので、鍼治療の後に寄ってみた。

 夜7時半を廻っていたが、たっぷり入った糠漬けも500gはゆうにある干し芋も在庫があり、一袋200円。干し芋は家にあるから糠漬けだけレジに持っていくと、良く言えば手際の良さそうな、ちょっとがっつい婆さんがちらっとこちらを見て、

「焼き芋もあるわよ」

…焼き芋?あまりの脈絡のなさに言葉を失っていると、婆さんは隙ありとばかり「うちの焼き芋は美味しいのよ。ねっとりしてて甘いんだから。ほくほくなんかしてないのよ。どう?焼き芋。安くしとくわよ」…え?焼き芋、ほくほくしてちゃ、いけないの?少々動転していると「持ってきてー」と誰かを呼んだ。いや、呼んだ時には既に、もう一人の婆が焼き芋を持って私に横付けしていた。買うとも言っていないのに、焼き芋はカゴに入っていた。取繕うかのように「あ、あの…ここ、干し芋美味しいですよね…」と言うと、「焼き芋、もっと美味しいわよ。はい、全部で650円」この間、1分なかった。正直、焼き芋は好きじゃない。茫然自失の私を挟んで婆達は年寄らしく大声で「最後の1袋ね」「売れたわ」と嬉しそう。この二人は明らかに弊店間際の売れ残りを挟み撃ちで売り捌いている。売れてしまえば、目の前の客も既に石ころ同然の会話に唖然とした。

 それだけではない。先日も野菜を買いに行くと「…150円、100円、180円、惣菜全部100円どう?安くしとくわよ」とレジに山積みの自家製惣菜(中には自家製イチゴジャムも)をサブリミナル効果満載の読上げ誘導で勧められ、あわやカゴに入れそうになったが、間一髪「今日は野菜が重いんで」と断れた。婆は何事もなかったように「…160円、200円、全部で790円」とレジを進めた。危ねぇ危ねぇ。だが商品自体魅力的なものが多く、破格値で提供する戦略商品もあり、売残りは先手必勝の挟み撃ちで売抜け、売れなくても引きずらない。その潔い迄に押しの強い経営姿勢は、不況下ある意味見習うものがあるかもしれない。迷惑だけどね。

Mar. 2010

追記 Jul. 2015
現在も西荻窪には定期的に通っていますが、時計屋や瀬戸物屋など商店街に古くからある店舗の閉店が相次ぐ中八百屋は繁盛しており、しめじ1kg250円など相変わらず魅力的な商品が並び、息の合ったババアがお客を挟み撃ちにしているのを散見します。