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episode 1111 : Suzhou Serenade

「蘇州夜曲」
 
 今秋、9年ぶりに上海へ行った。正確には蘇州に近い、外国企業を誘致した経済特区で商売をしている台湾人の従兄が、遊びに来いと招待してくれたのだ。9年ぶりに訪れた蘇州は、日本で言うなら明治から平成へと一気にタイムスリップしたようなギャップを感じる急激な開発が進んでおり、道すらなかった場所に広大な車線の道路が引かれ、両脇には突貫工事の大道具みたいに安普請な高層マンションと誘致企業のビルが立ち並び、急いで仕上げた遊歩道には、人ひとり歩いていなかった。従兄の話だと、マンションが立並ぶ場所はもともと農地で、政府が農家を地上げしてマンションを建て、農家は廃業する代わりにそのマンションの一室を貰い、周辺の誘致企業で働くのだという。高層マンションの敷地内には、屋根も朽ち窓ガラスも割れ果てた、取り壊しきれていない先住者の粗末な家が点々と残っていた。

 上海についた夜、蘇州の新区にある豪勢な海鮮レストランに行った。そこは従兄の行きつけの店で、生け簀から魚介を選んで料理して貰うのだという。席に着いた後、私たちは壁一面が水槽になっている生け簀部屋に通された。部屋の真中は、鮮やかな色をした南方の魚が氷のテーブルに山と並び、別の壁にはその魚介を使ったメニュー写真がずらり。どれも美味しそうだ。だが、何故か生け簀からは何かただならぬ、どす黒い空気が溢れていた。

 ...し、死んでる…。

生け簀には20個位水槽があり、一応生きている水槽もあるにはあったが、大なり小なり皆調子が悪く、浮き過ぎている奴、縦に浮かんでいる奴、沈んでいる奴の間で巨大なバカガイが背伸びをしている、そんな感じだった。氷漬けで並んでいる、最初から死んでいる奴の方がよっぽど新鮮に見えた。足元には、口を縛られたワニもいた。とにかく、沈んでいる奴ではない魚料理を出して貰おうと、私は必死に読めないメニューの写真と生け簀を行き来して、茄子とか茶碗蒸しを頼んだ。従兄はお気に入りの精進料理を頼んでいた。どれも美味しかったが、店員は誰もが愛想がなく、8時を過ぎた頃、店の端から徐々に電気を消され、食べ終わる頃には音楽も消され、チャイナドレスから私服に着替えた店員たちと一緒に、追い立てられるように店を出た。

 中国三千年の歴史とはまた違う、別の時間がけたたましく流れている蘇州。一言でいえば、落ち着かない。英語で言えばuneasy。このアンバランス加減が、将来吉と出るか凶と出るか、生け簀の魚に聞いてみるといい。

Nov. 2011