「桜台カレー戦争(後編)」
城北の住宅地・桜台で勃発した2軒のインドカレー屋による熾烈な戦いは、後発の店が前振りなく閉店した事により膠着したが、それは新たなるフェーズへ向かう静寂に過ぎなかった。立春を目前にした1月の終わり、またも告知なく内装工事が始まり、いい加減なスタンドカレー屋はテーブル席のレストランへと豹変したのである。時に2月末日、桜台第二次カレー戦争が勃発した。
木製ドアとシール張りで中の様子が見えづらい窓で、入りにくいスナック風に生まれ変わった店は、客足がまばらで苦戦しているらしく、満席の時もあれば客一人いない時もあり、客が少ない時は中からインド人が駆け足で飛出して「イラシャマセー」と客引をするので、ただでさえ入りにくいのに通りがかりの人は足早に通り過ぎてしまう。カレーセットも2種類残して一気に値上がり、夜はコースメニューも加わった。偵察のため主人とランチに入ると、一番安いカレーセット599円には飲物も加わり、味も以前より美味しくなっていたが、カレーが出てきて食べている間BGMもテレビもない無音の店内では、背後をうろうろするインド人の足音だけが鳴り響き、外に人通りがあるやいなや、駆け足で飛出していく店内には猛烈に張詰めた空気が漂っている。帰りに10%引のテイクアウトも飲物はつくのか、と尋ねたら悲しそうな眼をして「飲物分、10%オフなんですよ」と弁明された。新装後、一分の余裕もないのが見て取れた。
新装開店した後、先発店はどうなったか、相変わらずテイクアウト500円で頑張っているが、気になって翌週ランチに入ってみた。ランチは据置き690円からカレー2種、チキン付等種類豊富、サラダと飲物付で他に飲み放題のセルフコーヒーもある。おまけにナンとライスはお代わり自由、しかもお代わりナンはフルサイズだ。元は昭和の洋食レストランだった店内にはインドポップスが流れ、こちらも客はまばらだが、明らかに時間を気にせず寛げる空間が広がっている。もう一銭も安くはできないが、味とサービスで勝負するしかないという覚悟を感じた。厨房からは赤ちゃんの泣き声が聞こえる。震災時身重だった奥さんも完全復帰、何が何でも負けられない。「アーリガトマシター」ランチに18回利用するとセットがどれでも1回無料の、スタンプカードも貰った。
後発店の微妙な焦りが露見し始めたのは、開店後ひと月も経たない頃、やたら店先に電飾が増え始めた事だった。壁付、床置き、そして何故か「SALE」のネオンまで…やがて、焦りは価格にも反映され、3日間オール10%引をやっても満席にならなかった週明け、遂にセットメニュー6種類は一律599円となった。店の前を少しでもゆっくり歩くとインド人が飛び出てくるのはお約束だ。
焦りから自ら客を逃している後発店と、もう一歩も動かじの覚悟でサービスを売る先発店。軍配を上げるのは時期尚早だが、そもそも桜台という小さな街にインドカレー屋が二軒もある事が既に飽和状態だ。どちらも客足が鈍いだけに共倒れになる事だけはなきよう、切に願いたい。