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episode 0710 : Head hairdresser in danger : two

「店長、絶体絶命!(後編)」

 初めての海外旅行で行った台北の空港で、銃撃戦に巻き込まれた美容院の店長は、一体何が起きたのか、目の前を通り過ぎていく血まみれの人は一体何なのか、恐怖や不安というよりも、その疑問で頭が一杯だった。空港側からの避難誘導や状況説明など、一切ない。ただ呆然と、傍観者としてその場を見守るしかなかった。
…そう身振り手振りで興奮ぎみに話す店長の鋏は、殆ど進んでいなかった。

「犯人」は「軍、もしくは警察」(それも本当にそうなのかわからない)に追われ、2階のカフェへと逃げ込んだらしく、銃声は頭上へとシフトしていった。ロビーにはそこらじゅうに軍人がうろうろしている。20年前といえば、台湾は戦後38年の長き戒厳令がようやく解除された時代だ。だからって、この光景はまともじゃない。

目線を移動させていく店長の視界には、もう一つの異様な光景が展開していた。あれ程もう動けないと文句をたれていた着付師のばあさん連中が、物凄い勢いで
ロビーから空港の外へと走り逃げているのだ。一人残らず、それも全員荷物を手に持って。空港からは何の指示もないのに、目にも留まらぬ勢いで屋外へと走り去っていくばあさん連中を見た店長は「何だよ!あんなに疲れたって、言ってたじゃないか!!」と、そっちのほうに怒りを覚え、もう銃撃戦などどうでもよくなったという。ばあさんは年齢的に、全員戦争体験者だ。体に染み付いた戦争の記憶が、状況や意思とは無関係に外へと向かわせたのだろう。
その後銃撃戦は鎮圧され、誰がどうなったかわからないまま、一行は空港に4時間も足止めを食らった後、どうにか帰国した。足止めの間は飲まず食わずで、空港からはサンドイッチの一つも出なかった。

店長が、帰国後台北に連絡し様子を伺うと、空港での銃撃戦など現地では一切報道されず、誰も知らなかったそうだ。その代わり、その日の夜のニュースで、圓山大飯店での美容ショーが大々的に報道され、腕を振るう店長の姿がテレビに映っていたという。

店長の話があまりに衝撃的だったので、私もただ呆然と、しかし物凄くいい気分で帰ってきてしまったが、店長との距離は確実に縮まった気がした、いい一日だった。

Oct. 2007

追記 Aug.2015
その後、上記美容院には何度か行きましたが、店長さんには全く罪はないのですが、どういうわけか実は男性の美容師さん、特にこういうのが似合うよ!とお奨めしてくれたり、アレンジしてくれる提案型男性美容師さんがちょっと苦手なのと、35年以上同じ髪型で、いつも同じに仕上がればいいという床屋で角刈り70年、みたいなおやじ状態の私にはそのお気遣いが勿体ない気がして、私の仕事は椅子に座るだけ、な元の行きつけの店に戻ってしまいました。店長さん、ゴメンナサイ!!ちなみに店長さんの美容院は諸行無常どころか今も現役バリバリです、商売繁盛!!