LPT annex

whatever LPT consists of

episode 0907 : Their summer ends

「夏の終わり」

 毎年5月の連休が明けると主人は、突如ギターを弾きまくり出す。主人は大学時代音楽サークルに所属し、サークルOBのバンド合宿が毎年7月上旬にあるからだ。山中湖のロッジ兼リハーサルスタジオを貸切り、普段自分達がやっているバンドは勿論、合宿向けに人員をかき集めた「にわかユニット」で夜な夜なセッションを繰り広げるのだ。入梅する頃からは、毎週末ごとに先輩・後輩達と集まり、スタジオへと詰め込んでは音を合せ、2バンド掛け持ちの練習日もある。梅雨明け間もない7月の連休に行われた合宿に、今年は私も参加する事になった。

 総勢27名、15バンドが一晩にプレイする合宿には、方々からサークルOBが集結した。初参加の私にとって大半は主人がらみで顔見知りだが、初対面の方も多い。既に大学サークル自体は解散した為若いメンバーはおらず、上は50前、若くても40といった中年ど真ん中の人達ばかりだ。若い頃は真剣にプロを目指していた人も少なくなく、プロ経験者も何人かいる。今は様々な生業を持ち、それぞれの暮らしを営んでいるが、中にはどう見ても「普段何をしているか判らない」風貌の人もいる。だが一様に皆嬉々としていて、何バンドも掛け持ち出演しながら、ステージから、また客席から奇声をあげ、爆音をかき鳴らし、踊りまくる。

 段々と酒も回り、最初は苦虫を潰した様に他の演奏をじっと聞いていた年長の先輩が、気がつくと席を立ち、グラスを片手にニヤニヤしながら絶妙な野次を飛ばし始めた。その表情は、完全に別人だった。彼はトリを務めるバンドのヴォーカルで、ステージでは枯れた風貌からは予測不能なトークとパフォーマンスを繰り広げた。翌朝、同室の先輩女性に「あの先輩は普段何をしている人なんですか」と聞いた。すると先輩は、ちょっとまじめな顔をして、こういった。

 「ここに来てまで、そんな事は聞かないの」

 はっとした。今では年に1回、ここでしか会わない人たちもいる。卒業して既に20余年、同じ仲間達は同じ人生を歩んできた訳ではない。夢を追いかけ、夢と現実のどちらにも辿り着けない人もいる。でもここにいる間は、音楽の事だけを皆と語らい楽しめばいい。相手を知る事だけがやさしさではない。実際彼女も、昨冬最愛のパートナーを看取ったばかりだった。「ああ、これで夏も終わったな」と口々に聞こえてきた。皆でカレーを食べた後、合宿は終了、皆方々に散っていく。実際、夏などこれからの季節に、彼らの夏は終わってしまう。主人の夏も終わった。
彼らは、これからただ暑いだけの、何の季節かわからない2ヶ月間、夏の思い出として自分達の収録画像を肴に酒を呑む。合宿から数日後、主人がぽつりと言った。
「みんな、合宿ではあんなでも、帰ればきっと色々あるんだろうなあ」
その無言の思いやりで、彼らは来年の「夏」まで生きていくのだ、と私は思った。

Jul. 2009