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episode 0912 : Goodbye, Kabuyoshi

「さよなら、カブヨシ」

 両親の介護が本格化した5年前、車はおろか免許すら持っていなかった私は、実家や両親の入院先へ通う足として、バイクがあれば便利だろうと思い、一念発起して原付免許を取り、合格したその足で近所のバイク屋へ行き、現金払いで新品を買った。積載量を極限まで上げるため、小さいボディに外観度外視でリアボックスにベトナムキャリアと前かごまでつけた。原付とはいえ私にとっては自分の稼いだお金で手にした初めての愛車であり愛着もひとしお、「カブヨシ」と名づけて分不相応なチェーンロックをかけ、可愛がっていた…つもりだった。

 カブヨシは根っからのお嬢さんらしく、バイク屋へ整備などに持込むと、引取の際はいつも大雨で、その都度バイク屋がトラックで家まで運んでくれた。カブヨシが最も働いたのは2005年の中盤で、両親が一度に、それも同じ病院に入院した為、毎週のように洗濯物や毛布などを搬入、搬出した。一番の活躍は、病院に液晶テレビを運び込んだ事だろう。その後はあまり出番がなく、両親が特養に入ってからは、農協に野菜を買いに行く以外、ほぼ駐輪場で「腐っていた」。5年間の走行距離、348km。エンジンがどんどんかかりにくくなり、整備にばかりお金がかかるようになっていった。彼女は責務を果たしたと観念し、手放す事にした。

 バイク買取業者数件に合見積を依頼したら、どこも我先に来ようとするので、余りに対応の悪い先を断り、当日は2社の競合いとなった。その中でも1件目の業者が指定時間より早く到着、最初の見積の半額程度しか出せない、といったその矢先、2件目が到着。実はカブヨシ、双方にとって垂涎の出物だったらしく、そこからが火花を散らす世紀の取引となった。「6万!」「6万2千!」「7万!」「本社に電話します!」「8万!」「8万3千!」…数千円上がる度に双方の本社へ確認を取り、遂に1件目の業者が当初の最高見積額を大幅に上回る、99,000円で「落札」した。予想もしなかった高額買取に仰天したが、一番驚いたのは二人の業者が口を揃えて言う「取引にならない客が多いから、何が何でも欲しかった」ことだ。最初から脅しにかかったり、前見積で最高20万と提示後、現物を見たら余り良い状態ではなかった上30万以下では売らないと言い張る客、査定しようとしたら「触らないで下さい、大事にしてるんだから」と怒られたり、手袋をして丁寧に見ていたら「俺のバイクはそんなに汚いのか」と因縁をつけられたり…査定検品中の職務質問は星の数、買取も命がけだ。買取はその場で現金払いが基本、「奥さん、いい顔してますね」と千円おつりで10万円を受け取った。

 競負けた業者を先に見送り、買取ってくれた業者が「お別れに、写真撮らなくてもいいんですか」と気を使ってくれたが「色々思い出して、辛くなるから」とそのままトラックへ積込んでもらった。さよなら、カブヨシ。彼女はお嬢さんらしく、大金を置いて最後もトラックに乗って去って行った。

Dec. 2009