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episode 1107 : Gimme, Shelter ! : two

「ギミー、シェルター!(後編)」

 主人の大学OB音楽サークル合宿に、原曲も知らずにコーラスで参加する事になった私は、それが恐ろしく安請合いだった事に気づくも後の祭り、高まる先輩達の期待に応えようと必死に努力はしたものの、一介の中年OLがいきなりソウル・シンガーになれるはずもなく、あっという間に合宿本番となった。もう、歌では勝負できない。せめて格好だけは何とかしよう。日本人は見た目から入ると言うじゃないか。一応それっぽい衣装をと、水玉のホルターネックに一見革に見える合繊のホットパンツ、SMチックな網タイツと羽根のストールを古着屋などでかき集め、鏡の前で衣装合わせをしないまま、手持ちの靴で一番のハイヒールとありったけのメイク道具をかばんに詰め込んで、迎えに来た後輩の車に乗込んだ。

 参加バンドは全部で16、本番前の場内リハーサルは1バンドあたり1時間だ。普段5人もあがれば一杯のステージに総勢10名、これでは裾からがに股で迫ってくるどころか足場を確保して立っているのが精一杯だ。さらに狭さが災いして楽器のセッティングに50分もかかってしまい、結局10分しか練習できなかった。実際、リードボーカルのマイクスタンドを立てたらフロントにはもう場所がなく、終始手持ちでコーラスを取る事になった。更に、自分用の譜面台も立てる場所がなく困っていたら、さっさと自分用に譜面台を用意したリードの歌詞カードが、なんとA4ノート見開き一杯に太マジックで1行6文字位の大きさで、しかも全部カタカナでどこがコーラスパートかも書いてあったので、私の場所からでも易々と歌詞が見れた。手持ちマイクとでかい歌詞。これが、後に大きな追い風となる。

 いよいよ本番、身動きの取れないぎゅうぎゅうの壇上で、前後左右は難しいが上下は何とかなる。どうにか動きをみせようと、私は手持ちマイクで歌いながら上下に動いていたら何だか調子が出てきた。どこからでも歌詞は見えるしマイクは手持ちだ。間奏が始まると中央のリードボーカルを押しのけ正面へ、驚いた照明係が私にライトを当て忘れて真っ暗な中、大股を開き中腰でソロパートを絶叫した。そこから後は、とても体が軽かったのを覚えているが、すべて出たとこ勝負だったので、実際どうだったかは撮って貰った録画を見るまで分からなかった。

 録画にはえびぞりで先輩に絡み、腰をくねらし客を挑発する私が映っていた。コーラスは完全崩壊。しかも全編真顔。一番驚いたのは、イントロで客に向ってキックしているのだが足が頭の上まで上がっていた事だ。自分のどこにそんな引き出しがあったのか。穴があったら入りたい。シェルターがあるなら俺にくれ。撮影していた主人は、観ていた先輩に「奥さん、凄いね」と声をかけられた所「あそこまでやるとは思いませんでした」としか言いようがなかったという。だが合宿が終わり、帰宅後の一斉メールでリーダーの先輩より「こんなに盛上がるとは想像もしなかった。練習も本番も本当に楽しかった。みんな有難う。…追伸、今回のMVPは彼女で異論ないですよね」と、大変なお褒めの言葉を頂戴し、恐縮至極だったがどんな形でも喜んで貰えるのは嬉しい。こうして梅雨も明けぬうちに今年も私達の夏は終わり、何の季節だか分からない暑い日々が突如始まった。

Jul. 2011