LPT annex

whatever LPT consists of

ハンブルサーバントの独り言 Humble Mumble 11 ロビン・フッド

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セレブの訃報は知り合いでもないのにいきなり入ってくる。ネットだったり、狸夫婦からだったり、友人からだったり。2016年に至っては本当に多くの方々が他界された。ボウィ様、プリンス様、後半にはPバーンズ等々...数年前のMJ様の急死もお互いファンでもないのに、福岡の友人から他界当日メールで知らせがきた。楽曲はいつも聞いてる米軍放送でしょっちゅう聞いてたので馴染みがあっても1枚のレコード、CDも持っていなかった。なのにとりつかれたようにDVDなど買いあさり、本当にとりつかれたように何度も何度も見ては、彼の壮絶な人生と天才ぶりに圧倒された。(SONYはかなりの特需に預かったという)

天才というのは、やはり命と引き換えなのかと思わされた。彼のデビュー当時はまだ黒人差別が根強い時代だったというのも「キャー、マイコー、カッキー!!」では済まないものを感じた。

 

先日、「アリス・イン・ワンダーランド、時間の旅」をオンデマンドで見ていたら、エンドロールの最後の最後に「アラン・リックマンに捧ぐ」と一行。え?アラン・リックマンて、あの「ダイ・ハード」で物凄い美声の冷酷な北欧のテロリスト役でブレイクした、あの人?「Toching,very touching...」という皮肉な台詞が今も忘れられない。アリスの中では毛虫の親分(CG)の声の出演だけだが、これだけ俳優がいる中で、聞いてすぐ彼だと分かる声だった。近年のダントツはやっぱりハリポタのスナイプ先生役だろう。一貫して黒づくめのロンゲでイギリス英語であの声なので、存在感が凄かった。即ネットで調べると、1月に膵臓がんで他界されたという。享年69歳。そうか...と見ていると、出演作に「ロビン・フッド」がありアカデミー賞助演男優賞まで受賞してるという。主演は当時「ボディ・ガード」とかでブイブイ鳴らしていたケヴィン・コスナーなんだが、中世ものは好きなので、早速見てみたら12世紀リチャード王時代、ノッティンガム代官という悪役を40代前半の彼がちょっと滑稽ぎみに、でも憎々しく熱演していた。ロビン・フッドが高貴な出だというのも知らなかったが、悪代官により即お尋ね者にされ誰も近づかないシャーウッドの森に拠点を構える。自給自足で武器なども作りチームを組んでいく村人の中に、70年代に大ヒットした「小さな恋のメロディ」で日本でもアイドル化したジャック・ワイルドがいて驚いた。あんなに可愛かったのに年月は残酷だ。ジャック・ワイルドだと気付かずに終わる人も多いだろう。彼も10年位前に50代で舌癌で亡くなっている。諸行無常。異教徒で十字軍遠征先で救われた恩を返すため、ロビンの家来になるムーア人にモーガン・フリーマン、実はロビンの腹違いの弟だったという、村人のわりにはイケメンすぎるウィル・スカーレット役をクリスチャン・スレイターと、中々豪華なキャスティングだ。最後の最後に、ロビンとマリアンの簡素な結婚式場面にずっと不在中だったリチャード王が現れるのだが、ショーン・コネリー!それも10秒くらい。友情出演てやつか?撮影は大好きなヨークシャー地方でされたらしく、当時の貧しさや文化的な描写もとてもよくできていたが、最後まで主役のケビン・コスナーだけがバリバリ、アメリカンで浮いていると感じたのは私だけだろうか。

 

PS:コスナー氏はその後、本作でゴールデンラズベリー賞最低主演男優賞を受賞しています(完)

ロビン・フッド [DVD]

 

 

マンプク宮殿10 アースバウンドと萩の月

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 各地方の土産菓子。私の出身地だと「○○○の玉子」がまあまあ知名度がある模様。しかし、東北地方の土産菓子で一番人気あるのが仙台の「萩の月」なのに異論はないだろう。上京してから数十年、帰省時に「お土産は萩の月で」と何度頼まれたことか。確かに地元の駅でも「萩の月」は売っている。しかし、まるで仙台の属国のような扱いに憤った事もしばしば。

 とは言え、初めて食べた時「萩の月」の麻薬的な美味さに感動したのは否定できない。自分が仙台に行くことがあったら買ってこようとも思った。食べ物全般にあまり執着心が無く買い食いや自分でスーパーに行きお菓子を買い求める事もなかったあの頃の自分にそう思わせる位の魅力的なお菓子だったのだろう。 

 

萩の月 (8個入) 菓匠三全 仙台銘菓

仙台銘菓 萩の月。全国に「〇〇の月」という類似品を散見するが、
本家を越えるものに未だ出会った事はない

 

前回のマンプクで登場した中高生の時熟読していた本「キングクリムゾン 至高の音宇宙を求めて」の巻末ディスコグラフィーでは当然クリムゾン自体の作品が紹介されているのだが、一応有名バンド、国内盤も普通に発売されており地元のレコード店でも載っているカタログはほぼ全ての作品が容易に入手可能だった。1枚を除いて。

 「EARTHBOUND」なるタイトルのライブ盤、真っ黒のジャケ、左上にバンド名とタイトルだけというやる気の無さが伝わるデザイン。解説ではカセット録音の劣悪な音質、契約消化の為にリリースされた作品で、アメリカで販売権を持つレコード会社はリリースを見送りとの事。日本はアメリカ経由の契約だったので当然発売無し。

 メンバーの関係が悪化していた時期なのでリーダーのフリップ翁とそれ以外のメンバーの音楽性の違いが露わになっている作品と書いてあった。

 どうも本の著者はあまり評価できない作品と考えているらしいが聴けないとあれば聴きたくなるのが性。とはいえ持っているような知り合いも皆無ならば輸入盤を扱う店に問い合わせても「何ですかそれ?」状態。地元の輸入盤扱い店は米国盤が殆どで英盤はその当時盛り上がりつつあったニューウェイブ・ポストパンク系新譜が少々入ってくるのみ、バックカタログの入荷は無いらしい事が判明。(毎回毎回そんな話ばかりですが当時私自体が毎度の状況にウンザリしておりました・・・その気分を分かち合っていただきたい・・・)

アースバウンド(K2HD/紙ジャケット仕様)

 しかし僥倖があった。当時地元では唯一のFM局だったNHKFM、渋谷陽一のサウンドストリートなる番組でこのアルバムの冒頭曲「21世紀の○○○○者」がオンエアされるという情報を掴む。放送時間が遅いのでステレオで大音量では聴けない。自室に籠りラジカセを耳元に置いて備えた。

 一聴してすぐ音質劣悪と判るゴロゴロした客席音に続くドラムカウント。その後出てきたのは今まで聴いたことのない位極悪なファズ塗れのギターリフ、ボーカルもドラムも歪みまくり。途中でブレイク後、サックスソロが入ってくるが悲鳴にしか聴こえない。

 「プログレというよりノイズミュージックやTHE POP GROUPとかTHIS HEATみたいなオルタナティブロックだな、これ。」と布団の中で呟きながら猛烈に興奮していた。

 音質の悪さが数段増しの迫力と化している曲をエアチエックしたテープで何度も聴き直しながら「これは何としてもこのアルバムを手に入れねば!」と決意した。

 おりしも夏休みに入る時期、仙台にプログレを専門的に扱う輸入盤屋がある事を把握していたので電話してみた。「EARTHBOUND?再発盤ならありますよ」という返答を貰ったので高校生にもなった事だし日帰りで遠出旅行をしつつ買いに行こう!とテンション高めで算段を始める。当時既に東北新幹線は開通していたが往復の運賃が高過ぎる(運賃でレコードが5枚は買える!)為断念。半額以下で行ける長距離バスを使い向かった。2時間半程で仙台到着、観光?しないよ!目的の店に直行。「KING CRIMSON」というプレートが刺さっているコーナーを探ると有った!

 それまでモノクロ写真でしか見てなかったので黒字に白文字だと思い込んでいたジャケが実際は銀文字で印刷されていることをそのとき知った。店の他のコーナー、「VAN DER GRAAF GENERATOR」とか「SOFT MACHINE」なんて名前が独立してあるのに「流石都会は違う」と思い見てみるが何枚も買う金は持ち合わせていない。「これは次の機会に・・・」と誓いつつ1枚だけを購入し店を去った。 既に帰りのバスまで数時間。どこか観光しようにも懐は寂しい。仕方ないので立ち食い蕎麦屋で腹を満たし、あとは大型書店で地元には入ってきていない音楽雑誌&書籍を立ち読みして過ごした。

 遠出をしたら家族にお土産、という殊勝な考えをその頃は持っていたのだろう。今なら笹蒲鉾とか牛タンとか考えつくのだろうが、子供の頃の刷りこみで萩の月を求めて土産物コーナーに向かう。何個かセットで化粧箱に入っているのは高い!買えない!仕方ないのでバラで三個買った。父、母、妹。自分の分は無。帰宅して家族に三個の土産を渡すが不憫に思ったのか母は手をつけず賞味期限ギリギリで私の胃袋に収まった。母上・・・申し訳なかった!

 それから以降の夏休みは毎日このアルバムを聴く。朝飯食べたら聴く。外出から戻ったら聴く。部活に行ったらカセットに録音したものを部室で聴く。従兄が家に遊びに来たら無理やり聴かせる。妹がステレオでトシちゃんを聴いていたら問答無用で針を上げて交換して聴く。さすがにそこまでやると盤も痛むのだろう、二学期が始まる頃にはより歪みが増して迫力倍増したような気がした。

 そして二学期が始まって間もなく、当時読んでいたロッキングオン誌の広告欄に目を通すと販売元が変更になってクリムゾン全作品廉価再発売と出ている、その中に黒いジャケが有った・・・買った当初は「このアルバムを持っている高校生なんて地元では俺だけだ!」などという何の得にもならない自負があったがその気分は一月も持たなかった。今にして思えばFMで放送されたのも再発に向けたプロモーションみたいなものだったのだろう。

 国内盤発売されて後、同学年のロック好きの連中何人かがこのアルバムを買って「凄い!」とか言ってくるのを複雑な気分で聞いて頷いていた。負け惜しみのように「1曲目以外は実はあんまり面白くないよな。B面の変なドラムソロ長過ぎ!」なんて言いながら。実際は変なブルースセッションみたいな曲も途中から始まり途中でフェードアウトするいい加減な編集をされた曲も浴びるように聴き狂っていたのに。

  今となってはこの時期のライブ録音は本人達のオンラインショップでほぼ全公演聴けるようになっている上に、今月にはこの時期のスタジオ録音&ライブ録音27枚組という化け物のようなお布施セットも発売される。しかし断言するがEARTHBOUNDより衝撃を受けるライブなんてその中には存在しないはず。あの録音状態と演奏の無茶な感じは奇跡的な恩寵みたいなものだろう。EARTHBOUNDハイレゾ版などという録音の悪さが魅力になっている作品を全否定するかのような変なものが含まれているのは少し興味深いが。

  今や萩の月は盛岡駅でも買える。たまに都内でもアンテナショップ限定販売されたりする。必死に三個だけ買うような事ももうない。しかし一番美味しく感じたのは母の情けで腹に収まった1個だったような気がする。

 

 

Episode 1710 : I would talk about it when I went to heaven 2

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冥途の土産話 2
 
記憶の新しいうちに、書き留めておこうと思う。
 
20代前半から40代初頭まで、より具体的にいうと1989年から2007年、レコード会社の依頼で洋楽の歌詞対訳という副業をしていた。18年で200枚強手がけたと思う。何故過去形かというと、対訳の依頼が来なくなったからだ。洋楽をあまり聴かない、または洋楽のパッケージ(CD)を買わない方の為に説明すると、国内で発売される洋楽CDは、国内でプレスしたCDに、国内で印刷したインナースリーブを封入し、邦題をつけて販売する。その際、原曲の歌詞があれば、日本語の対訳をつける事が多かった。これも何故過去形かというと、どんな企業も経費削減し生き残りをかけているが、洋楽をリリースするレコード会社が経費として削減するのは、国内盤に付属する日本語での翻訳情報で、日本語の歌詞は真っ先に省略された。国内でプレスせず輸入盤にそのまま帯をつけて販売する会社も増えてきたし、インターネットの普及で元詞を検索したり自動翻訳も容易になったので、相対的に需要も減ってきた。断固として申し上げるが、詞の世界というものは、今後も(少なくとも今しばらくは)AIで対応しきれるものではないのだが、需要がなければ出番もない。そういうわけで、90年代半ばから依頼数が膨大になり、姉とチームを組んで取り組むまでになった歌詞対訳業だったが、分け合う量でもなくなった10年前、作業を姉に一任し廃業した。
 
そもそも、留学経験もなければ帰国子女でもない、英語は義務教育と国内大学で受ける、実践的とは言い難い語学教育しか受けていない私は、今この瞬間においても語学に関しては生来勘所の鈍さというか、劣等感に苛まされながら生きているのだが「英文科出てるんなら、歌詞の対訳位できるでしょ、やってみない?」と気軽に声を掛けられ「できるかも」と思った若さが間違いだったにせよ、今でもネットで自分の名前を検索するとほぼ100%「中学レベル以下、最低の翻訳家」「直訳しかできないGoogle翻訳以下のバカ対訳家」としか出てこない。ほぼ、というのは、たったひとつのバンドのファンにだけは、どういうわけか神格化されており、そのバンドの国内評価とも密接に繋がっているのだ。信じられない位。
 
私は「リバプールの残虐王」という異名を持つそのハードコアバンドの歌詞を、日本デビューから4作目のリリースまで継続して対訳したのだが、通常依頼するレコード会社は「こういう内容のアルバムですが、できますか?」という事は基本的に事前確認しないが、難解な医学用語をこれでもかという程盛り込んだ上、腐敗した人体を切り刻むような、到底歌とは言えない歌詞で、さすがの担当ディレクターも「経費で医学用語辞典を買ってください」と提案してくれた。購入した一番安い英和医学用語辞典は当時7,000円以上したが、医療従事者向けなので、辞書を引いた日本語自体が難しすぎて意味不明、その上活字が潰れているほど内容が古いらしく、日進月歩の医療用語を、こんな古い版の辞書で対応できるのか不安になったが、歌詞に出てくる当の医療用語も綴りが間違っていて更に混乱した。仕事なので途中放棄も出来ず、とにかく最後の一行まで〆切遵守で根気よく訳した。そのバンドは、日本でも熱狂的なファンを掴み、国内盤も結構な売れ行きだったそうだが、4作目で音が一気に華やかなヘビメタ系に変わり、残忍な歌詞はなりをひそめた。アメリカから世界ブレイクを目指そうとしたのがありありとわかったが失速してしまい、5作目で解散した。対訳した彼らの国内盤は、すべて廃盤になった。
 
4年前のある日、大学の先輩が「君が対訳したバンドと歌詞について載ってるよ」と、とある音楽雑誌を見せてくれた。見ると、デビュー当時からの大ファンが、やがて自らも表現活動を行う一人として成功を掴み、担当ディレクターと共に自分の偏愛するバンドただ一つを語る、というファン冥利に尽きる連載をしていて、第2回にあたるその号では歌詞対訳について触れていた。対訳したバンドも再結成し、来日までしていた。バンドへの愛が発展して対訳まで褒めてくれているにせよ、いったいこの賞賛ぶりはなんなのだ…そういえば、まだ現役だった頃、ディレクターから「対訳についてファンレターが来るんだよ、バンドにじゃないんだ」と聞いたことがあったが、全く話半分以下に聞き流していたので、あれは本当だったんだと、20年以上経って判った。
 
ちょうど2年前、前出の音楽雑誌がライブイベントを開催した。たまたま観たいバンドと、座談会の連載をしているアーティストが同時に出演するので、主人と前出の先輩と3人でイベントに出かけた。幕間、ロビーに出ると遠くから「幸子さ~ん、幸子さぁ~ん…」という声がしたので、振り向くとそのアーティストが物販ブースにいた。どうして私の顔が判ったのかわからないが、ステージメイクのまま「お会いできて光栄です!」「一緒に写真撮ってください!」と、緊張と興奮でカチカチになっている。あまりに緊張しているので、私の方から彼の肩を組んで写真に納まった。連絡先を交わし「今度、座談会にゲスト出演していただけませんか」断る理由もないので快諾した。それから2年後の今月、本当に音楽雑誌から参加依頼の連絡が来た。
 
座談会では、バンドやその歌詞対訳についてだけでなく、歌詞対訳家として自分が何をし、どういう姿勢で臨んできたか、また対訳を通しいかに多くの方々に育てていただいたか、自分自身忘れていた過去をひとつひとつ振り返りながら話していった。非常に和やかな、笑いの絶えない2時間の座談会はあっという間に終わった。座談会の翌日、対談相手のアーティスト及び雑誌編集長より「これまで何度も座談会を行ってきたが、こんなに楽しい会はなかった」と改めて御礼を頂戴し、形の上は特定のバンドについて語る座談会ではあったが、自分の対訳でこんなに喜んでくれた人がいたという事を知り、アルバム1枚1枚と一騎打ちをするように、能力上決して楽な作業ではない対訳を続けてきた若き自分への総括として、一つの大きなご褒美をいただいたような、そんな温かい気持ちがこみ上げてきた。
 
サージカル・スティール

ハンブルサーバントの独り言 Humble Mumble 10 プリシラ

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無意識だと思うが、私は案外ゲイものに寛容だ。選んで観ているわけではないが、偶然当たる確率が結構高い。しかし、タイで念願のオカマ・ショーが見れ、タイ旅行の経験のある友人に喜んで話すと、「うちの主人はあの中には絶対本物の女性が混ざってるんだって本気で言うの!」と言うし、他の友達の旦那にバンコクのショッピング・モールでも女装してかき氷売ってる男の子がいた!と確信して話すと、「そういう骨格の女の子もいますよ!」と譲らない。まあ、いいんだ、どっちでも。でも女のカンてのがあるんですよ!

 

「プリシラ」は女のカンどころか、世間がどう言おうと、私の生きる道はドラッグ・クイーン!と決めた3人がそれぞれの問題を抱えながらも、広大なオーストラリアの砂漠を「プリシラ」号に乗り、ある事情から北部でのリゾートショーに向かう、ロード・ムービーだ。この3人のキャスティングが信じられない。実は昔結婚していて、子供までいるミッチに、あの「マトリックス」で「ミスター・アンダ~ソ~ン!」と言ってキアヌ・リーブスをしつこく追いかけ回すサングラスのエージェント・スミスのヒューゴ・ウィービング!

本当に性転換手術までしてしまっている、年配の大ベテランに「コレクター」のテレンス・スタンプ様!わがままでやんちゃな、筋肉ムキムキの、一番ドラッグ・クイーンらしい金持ちのボンボン「フェリシア」にガイ・ピアース!この人、「英国王のスピーチ」で王座を捨てて人妻を選んだ王様のお兄さんとかも演じてて、その落差に仰天しました。

何もない砂漠をひたすら運転交代で走る。だいたいゲイの口喧嘩は煩くて下品になる。その中でも品格を保っているテレンス様も、通称「バーナデット」で生きているが、本名の「ラルフ」と呼ばれると烈火の如く怒り、男同士の喧嘩になってしまう。途中下車した見知らぬ田舎町。都会ではタフなつもりだったが、「おまえらに飲ませる酒はない!」「Aids Fucker Go Home!」とバスに落書きされたり、あからさまな差別を受けていく。ついでに立ち寄った店で、どんなに綺麗に女装して(デコ盛りどころじゃありません!)、ノリノリのディスコ・ナンバーで歌って(クチパク)踊っても、お股にピンポン玉を潜ませては後ろ向きに観客に向かって飛ばす半裸の女性のパフォーマンスにはかなわない。冒頭に出てきた友達のご主人様も後者の方がお好きでしょう。

そんな中でも昔、バーナデットが所属していたLes Girlsの大ファンだったという初老のボブだけが「彼女」たちを真摯に受け入れてくれ、車の修理など手伝いながら同行することになる。若い恋人を失ったばかりのバーナデットが徐々にボブに恋していく様子をテレンス様がきめ細やかに演じていて感動する。あの素敵な俳優さんが本当の女性に見える瞬間があるんです。3人とも凄いけど、奇抜な衣装を着て一生懸命テレンス様も踊るんです。いつも二人よりキレがなく、テンポがズレてるところも必見です。

選曲もよく、ああ~、やんなっちゃった~って時に見ると、絶対元気が出る、大好きな映画です!

 

道中暇つぶしに、真っ赤な凧にくくりつけて飛ばしたダッチ・ワイフが、エンディング・ロールの後、流れ流れて中国の寺とおぼしき所に着地して幕です(笑)

 

プリシラ [DVD]

マンプク宮殿9 ホヤとヴァン・ダー・グラーフ・ジェネレーター(後編)

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私が中学生の時出版された北村昌士氏(故人、当時は音楽雑誌FOOL'S MATE編集長。)の著作「KING CRIMSON 至高の音宇宙を求めて」という書籍、乏しい小遣いの中から必死で入手し何度も読み返していた。(今でも手元にあるが手垢と破損で見るもおぞましい状態)巻末に在籍していたメンバー参加作品の異様に詳細なディスコグラフィーがついており、何せメンバーの出入りが激しいバンドだった上に皆様それなりに腕の立つ方々だった事もあり、「え!なんでこんなアルバムに?」というのがちょこちょこ載っていた。BAD COMPANY、LEO SAYER、T-REX等、音の志向性がまるで違うものから、山口百恵というどう考えてもお仕事で受けただけであろうものまで(数年後杏里のアルバムクレジットにもメンバーを見つけて更に驚くのですが)玉石混合具合がたまらない。
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 その中でもやはりリーダーで最初から最後まで在籍し続けたROBERT FRIPP翁参加作を重点的にチエック。購入したり友人から借りて聴けたものは「○」でチエックを入れていく作業が始まった。他のメンバー参加作も併せてELP,YES,ROXY MUSICは難易度1、PETER GABRIEL,GENESIS,UKあたりが難易度2、TALKING HEADS,BLONDIE,DARYL HALLあたりのアメリカ勢は当時は興味無いので後廻し。ここからが一挙に難しくなり過去日本盤が出ていても廃盤かそもそも日本発売されていないものが目白押し。FAMILY、JACKSON HEIGHTS, FRUUP, MUSIC INPROVISATION COMPANYあたりは地方都市ではまず見つけられない。その中でも一番欲しかったのがVAN DER GRAAF GENERATORというバンドの作品だった。
 このバンドの3rd,4thアルバムでROBERT FRIPP がギターを弾いているという事で探してみる。当然の如く見つからない。レコード屋の店員さんに質問しまくって(嫌なガキだ・・・)判った事は
このバンド、数作は国内盤が出ていた。が、今は全て廃盤。探すなら中古盤や輸入盤店を探すしかない。いつもながら苦難の行軍を思わせる展開にも慣れてきたいたがとりあえず当時懇意にさせていただいていた中古盤屋の店長さんに入ったら連絡を貰えるようお願い。併せて最寄りで一番の大都市、仙台市の輸入盤屋の店名と所在地も調べだす。最悪、夏休みにバスで仙台市へ行き探すことまで考え始めて数か月、中古盤屋さんから連絡があり1枚入ったとの事。タイトルも確認せず向かった店先で見たのは黒字に白抜きでバンド名、赤字でタイトルが印刷されただけのプログレというには不愛想でどちらかといえばパンク系の趣があるジャケット。

Godbluff

 「GODBLUFF」というタイトルのこのアルバム、後に判ったのは一度解散した後の再結成第一弾アルバムだったという事、裏ジャケに小さいメンバー写真が出ているが4人編成、各々楽器を持っているがベースが居ない・・・写真ではボーカルがギターをさげているが実際の音では殆どギターは聴こえて来ない・・・このバンドは歌、オルガン、サックス、ドラムという「ロックバンドとしてそれはどうなんだ?」と問い詰めたくなる編成、「ああ!ギター専任メンバーいないからROBERT FRIPPに録音では頼んだんだ。」と納得したが、全4曲、アナログ片面各2曲のアルバムに針を落とすと最初に聴こえてきたのは「ポッ ポッ ポッ」と寂しく鳴るサックス。不安不安不安不安々々・・・・。そこに入ってきた超ナルシスト丸見えの歌声。「あ?まあ恰好良い?」と1曲目終えて2.3.4曲目と一通り聴き終えた最初の感想は「悪くないけどやたら荒々しいしエグ味のある音だな」という感じで意外と凡庸。それでも買ったからには毎晩何度も聴き続けるのだが1週間ほどだったある日、B面に変えて三曲目の「ARROW」という曲を聴いてる時、囁くような歌い方から一転、怒号のような叫びに変わる部分で本当に突然、月並みな表現になるが「感動」した。
 「腑に落ちる」という言い方になるのか、歌詞の内容もまるで判らない、この作品のバンドの中の位置づけ、意義、外部からの評価など一切判らない状態にも関わらず生意気にも「このアルバムを俺は今完全に理解した!という想いでその晩は何度もこのアルバムをステレオでかけ、カセットに落とし部屋のラジカセでヘッドホンで聴きながら夜更かしをして聴き続けた。
 
 最初に聴いたとき感じた、歌のクドさ、曲の構成の極端さ、ギターやベースが出てこない代わりにサックスがこれまたクドく暑苦しいフレーズで前面に出てくる、ドラムは異様にドタドタした重戦車のようなリズム、結界のように張られたこれらをクリアしてみるとその先には魅惑の世界が。そこを魅惑に感じる人間は少ないにしても。
 今でも新譜が出れば必ず購入してまで聴く音楽、齢を重ねそういう偏愛が少なくなった今でも彼らはまだその中に入っている。
 
 彼等の音を聴き始めたあたりからホヤの味も判るようになってきた。単なる偶然だとは思うがエグ味の先に愉悦がある、という部分は共通するところがあるようにも思える、その魅力をどう説明しても殆どの人には拒絶されるが一部に偏愛の対象になる部分も同じだ。
 
 今も私はVAN DER GRAAF GENERATORを聴いており、これから酒を飲みホヤをつまむ。
 
最高じゃん!
 
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Least We Can Do Is Wave to Each Other

Episode 1709 : The Disappointed 2 / Ms. Ashura

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練馬残念猫2 アシュラさん 
 
主人と入籍して最初に住んだ集合住宅のそばには、小学校が隣接する公園があった。当時は沢山の動物が住みつき、それに対し誰もが何の疑問も抱かず温かく接していた。しばらく公園で暮らす間に頼れる人間と出会い、飼い猫に昇格する強運の猫もいたし、地域猫活動も盛んで、毎朝バケツでお湯を運び、皮膚病に苦しむ猫の足を洗ってあげているお婆さんや、毎晩定時に段ボール箱が運び込まれ、そこで寝泊まりする猫もいた。ある時から無情なまでに整備され、多くの樹木が切り倒され、動物進入禁止、砂場使用禁止、球技禁止…と公園の楽しさを根こそぎ削除した現在のその公園からは想像もできない「楽園」のような場所だった。そこにアシュラさんも住んでいた。彼女は洋猫の血が色濃く姿に現れた、眼光の鋭い長毛の三毛猫で、顔の半分が黒く、引越当時は同じ腹の姉妹と思しきそっくりな白黒の猫もいたが、「銀猫」と呼んでいたアシュラさんのきょうだいは、足しげく公園の向かいのアパートに通った結果、飼い猫に昇格し、その後外には現れなくなった。一方アシュラさんは、地域猫活動家の手厚い庇護を受け、朝晩の食事と公園のベンチに設えた段ボールの寝床を保証され、自由な生活を満喫していた。気に入った人間が通りかかると、媚を売るでもなく、かといって逃げるでもなく、ふんわりと長い尻尾を立てて近づいていくが、夜9時を過ぎると判を押したように段ボールハウスに入ってしまい、幾ら声をかけても「本日の営業は終了しました」状態で、てこでも出てこなかった。
 
アシュラさんは、公園を中心とした猫社会の女ボスだったらしく、なんと自分の母猫まで縄張りから追い出し、コミュニティ内の猫には一目置かれていた。地域猫活動のおばさんに何度かアシュラさんの話を伺う機会があったが「え、みーちゃん?この辺の猫はみんなみーちゃんにビビってるわよ。でも男の趣味は悪いんだけどね」と、この迫力で巷ではあっさり「みーちゃん」呼ばわりされているのに驚いたが、おばさんが言う所の「趣味の悪い男(後述)」とあしゅらさんが、確かに人様の屋根の上で玉になって寝ているのを見たことはあるので関係は否定しないが、近所の人に男の趣味まで周知されている程のプライバシー侵害を受けている猫に初めて会った。
 
アシュラさんは、公園に来る人間には凛としていながらも、常に相手の様子を伺い、励ます事すらあった。ある日、仕事で精根尽き果て、あと数分で家という、そのもう少しが踏み出せず、公園のベンチで一休みしていたところ、暗闇の中からふわっとアシュラさんが現れた。地面から人の顔を覗き込むように私を見るなり、とんとん、とベンチにあがり、私の膝に乗ってきたのだ。私はびっくりしたが、アシュラさんの思いやりに感謝して、そのまましばらく膝の上のアシュラさんと無言の語らいを楽しんだが、じわじわと太腿がかゆくなってきたので、せっかくのご厚意だったが「どうもありがとう、帰ります」と挨拶してベンチを立った。アシュラさんも、別に驚く事もなくベンチを降り、段ボールハウスへと入っていった。
 
ある年、公園に子猫が大量発生した時期があった。地域猫活動のおばさん達のお世話になりながらすくすく育った姿はほぼ大人だが、中身はてんで育っていない年頃の若猫の中には、野良生活でだんだんすれっからしになっていく者もおり、手を伸ばした際、急に引っかかれそうになった。その瞬間アシュラさんが「ギャギャッ!」と金切声をあげ、その猫を横から2発引っぱたいたのだ。女ボスに2発も食らった若猫は「ちっ、なんだよババア」とでも言いたげな顔ですごすごと去って行った。そうやって人への仁義を教える猫というのも、後にも先にも彼女以外会った事がない。
 
地域猫活動の中心だったお婆さんが、脳梗塞で倒れ、車椅子生活となったという話を聞いた頃、公園は世論の時流に乗って動物進入禁止、遊具の撤廃、大規模な樹木の伐採を急ピッチで進めていた。1年位経ち、公園はいきものの息遣いを感じない、ただの管理区域に変わり果てた。地域猫活動も息の根を止められ、アシュラさんや他の猫が休む段ボール箱も置かれる事がなくなり、そのうちにアシュラさんを初めとする猫は姿を消した。
 
最後にアシュラさんと会ったのは、10年前現在の家に引っ越した際、主人が「久しぶりに公園でも行ってみるか」と足を運んだ時だった。運よく、数年ぶりに見かけたアシュラさんは、元々単色の体毛が更に薄三毛になり、毛艶も悪く、人間でいったら少し認知症のような目つきに変わり、私たちの事は毛頭記憶にない、といった表情で土の上に横たわり、こちらをぼんやり眺めていた。実際相当の高齢だったと思うが、日々の飲食に事欠いているような荒んだ風ではなかったのがせめてもの救いだった。その公園に足を運ぶ事は殆どないが、そばを通ると今でもアシュラさんの凛々しい姿を懐かしく思い出す。

 

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軽トラックの上で正座するアシュラさん 2005年ごろ

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2006年ごろ 玉アシュラ

ハンブルサーバントの独り言 Humble Mumble 9 ターザン:ROBORN

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台湾の親戚で’15年末に亡くなった最年長の従姉の次男、建ちゃん(54)は奥さん共々日本の大学を出ていて、長女も今年日本の通訳養成コースに留学している。従姉の子供の方が私たちの年齢に近いので、若い頃から色々な形で縁があった。どうにもこうにも留学中からとにかく富豪なので、遊びにきた両親を一緒に羽田に見送りにいき、帰りは当たり前のように空港からタクシーで帰ったりした。現在も親族経営の会社が大繁盛で世界中を飛び回っている。数十名を引き連れた社員旅行の写真を見せてもらった時、「ああ~、ハウステンボスに行ったんだ~?」「ううん。ウィーンだよ!品のいいおばあさんて感じの街だったな!」

長男の通称「マコトくん」は今年大学を卒業するが、毎年なんらかの形で会う機会があった。どらえもんのノビ太みたいに小さくて、黒ぶちメガネで言葉は通じないが愛想のいい子だった。それが毎年会うたびにニョキニョキヒョロヒョロ背が伸びていき、今では187cmもあるという。’16年末、妹と台南で建ちゃん家族と会食した時、本人はいなかったが奥さんが動画を見せてくれた。そ、そこにはムキムキ、マッチョなマコトくんの姿が!ある時筋トレに目覚め、今は蟹腹だ!最後に会った時から半年しかたってないのに、人間てこんなに変われるのか!プロテイン命か!卒業後の兵役も楽しみにしているという。Good Bless Makoto!

 

「ターザン」の名を知らない人はいないだろう。原作でもターザンが貴族出身だったというのは初めて知ったが、この映画は凄い。19世紀、ジェーンと結婚してジャングルから英国貴族に戻ってロンドンで大富豪として国会議員も務めているというシチュエーションから始まる。(可能なのか、8年ぽっちでそれって...)

俳優さんがまた凄い。この映画の為に肉体改造したのが手にとるように分かる。アレクサンダー・スカルスガルドというスウェーデンの俳優さんで三つ揃いでビシっと決め美しい金髪、碧眼。品のいい英語。でも、彼が出てきただけで映画の顛末が全部わかるようで、もう脱いだら凄いんです、この後脱ぎます、脱ぐんです、戦うんです感がムンムンなのだ。最初、俳優さんの情報が全くなかったので、この人本職はレスラーかしら、これがデビュー作かしらと不安になったが、彫刻のような雄姿はCGではなく、筋トレのたまものだという。すべて撮り終わって、やっと好きなものが食べれる!と太り始めていた時、ワン・シーンだけ撮り直しの命令が出て、再度過酷な筋トレで絞ったという。「その場面だけCGでできね~のかよ~!」と叫びながら。俳優さん偉い。ハリポタの監督さんなので全体的にアクションでも品がいいです。悪役にもそれなりの魅力があり2回見直しました。LPT読者にご存知の人がいるかどうか不明ですが(タヌでさえ)、中村光先生の「荒川アンダー・ザ・ブリッジ」に出てくるヨーロッパの屈折した元傭兵、いつも戦闘服の上に修道女の衣装を着ている「シスター」の実写版みたいで凄いお得感がありました!

PS:アレクサンダーさんはレディ・ガガの「パパラッチ」のPVにも出ていました。同じ人とは思えないほど、ゲスな恋人役で。筋トレ前でした。 

ターザン:REBORN [DVD]