LPT annex

whatever LPT consists of

Humble Mumble その27:Bohemian Rhapsody (2018 UK/USA)

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初めてのコンサートは高1の時のT.Rexだった。黄色い声は飛び交っていたが、それ以上でもそれ以下でもない。自分の席で堪能した。というか「あんまり巧くないな~、ミッキー・フィン好きだな~」が生意気な小娘の正直な感想だった。一緒に行った子はロックのロの字も知らないのに粋がって付き合ってくれた。某漫画コンクールで努力賞を頂き、賞金で買った初めてのアルバムもT.Rex、’Slider’だった。縁起が悪かったのだろう。受験は「すべった」。

この数年後、同じ武道館で「半殺しの目」に合うなど、誰が予想しただろうか。
当時浪人中だったが音楽業界に就職した同級生のコネで、最前列を確保していた。会場が暗くなる。「ギャーッ!!!!!」メンバーの姿が見える。「ギエエエエーーーーッ!!!!!」地鳴りのような異様な音と共に平たい顔の女の子たちが後ろから雪崩のようにステージめがけて突進してくる。観客に向ってガードしている警備員君(おそらくバイト)たちもろとも、将棋倒しになっていく。生まれて初めて、腹の底から「助けてえええええええっ!!!!」と絶叫した。何人も自分の上に重なって息もできないのに、自分の下にまだ何人もの顔が見える。編み上げブーツの紐もほどけ、死ぬかと思ったが、警備員さんが手を差し伸べてくれ、グイッと引き上げてくれ九死に一生を得た。その間、バンドは何事もなかったように、キレキレッのライブを繰り広げていた。慣れてんだろうね、こんな修羅場。

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Queen.私の人生に多大な影響を与えたバンドだ。それまで「安全圏」内のアイドル歌手などは沢山いたが、ステージめがけて家畜の群れのように女子が殺到する口火をきったのは、Queenが初めてだろう。この現象は次々と他のバンドでも現れ、ついには死者もでるコンサートもあった。しかし、当時QueenにInspireされた人は多く、全国にファンクラブ、漫画研究会(漫研)がうじゃうじゃ誕生し始めた。Queenのメンバーを主人公にして漫画を描くのは厳しい編集の検閲があるにしても、どこかで自分の中に芽生えた情熱を漫画に現したい。メンバーの名前をもじった酔狂なペンネームをつけた漫画家も沢山登場した。当時ネットもないので情報源は音楽雑誌しかなかった。銀座の洋書店にドキドキしながら欧米の音楽雑誌を買いにいったり、その値段の高さにタメイキついたり...

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Bohemian Rhapsodyは誰もが知っているQueen,それもフレディの人生に焦点を合わせつつ、語りたくないザンジバル移民という自出へのコンプレックス、エキゾチックすぎるルックスに「歯」。成功、ゲイへの目覚め、バンド間の衝突、取り巻き、メディアの嫌らしさ、AIDS、伝説のLIVE AIDへと、ブライアンとロジャーの音楽監修のもと、見事な構成で見ぬものを圧倒し、同じ時代に生きていた自分にもあった様々な変化の過程を思い出させ、「あの時の自分」を反芻しながら必ず聞いたことのあるメロディに涙した。
私は本国でもパッとしなかったというファーストとセカンドが大好きでイメージ的にはそこで止まっている。どんどんメジャーになり、スタジアム級のバンドになり、知らないゲイのおじさんになっていくフレディには興味がなかった。しかし、長年検索さえしなかったQueen関係のサイトを映画鑑賞後見てみると、あるわ、あるわ、貴重な映像が。

 

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この映画でメンバーを演じた俳優さん達が、振付師ではなく、「ムーヴメント・コーチ」について、「憑依レベル」まで動きを再現しつつ、しっかり演技しているのが凄い!ずっとフレディを若い時から支えてきた、本来なら「妻」であったメアリーの誠実さも一貫して描かれている。私も10代、20代だった。誰もがQueenと言えば...と何かしら思い出があるだろう。様々な楽しみ方があると思う。私が一番強く感じたのは、フレディの「孤独」。そして、突出した才能は「命」と引き換えだということ...11月24日がご命日。
絶対誰とも観に行きたくない、私にとっては非常にパーソナルな傑作でした。(劇場で3回見ました)

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フレディ・マーキュリー。ハン1、10代の作品

ありがとう。フレディ!Someone still loves you....


 

 

マンプク宮殿23 Low Lifeと吉野家

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 洋楽なるものがまだ勢いがあった頃、私の中学時代は人気がある方々の来日公演は札幌、仙台、東京、名古屋、大阪、京都、福岡といった各地方の中核都市で行っていた。記憶ではJAPANやPOLICEなんかも私の出身地近くの仙台まで来ていたはず。それが高校時代になると最初に仙台が外れ、京都は大阪に集約され、福岡や札幌も無くなり東名阪だけ。今では東阪のみが殆どで東京のみという場合も多い。世界的な音楽マーケットの中で日本の需要が減退しており、他のアジア圏、中国(香港)、韓国、台湾、フィリピンあたりの公演の方が集客出来るのでそちらにシフトしているのだろう。

 当時のチケット代は3.000円~4.000円程度だったが、それでも中高生の身分でチケット代&仙台までの往復交通費を捻出するのはとても無理な話だった。ましてや東京など。中学時代は新幹線も未開通だったので行くなら夜行電車で片道8時間以上。音楽雑誌の来日公演情報等臍を噛む思いで見るしかない。たまにNHK-FMで来日公演の録音を放送したり、「LIVE IN JAPAN」とかいうタイトルでレコードが出るのを聴いたりして我慢するのが関の山。当時地元の本屋でも「ぴあ」が売っていたが「ここで売って何の意味があるのだろう?」といつも思っていた。

(当時、私の地元に来た洋楽系で記憶しているのはSKELETON CREW/フレッド・フリス&トム・コラというアヴァンギャルド系ミュージシャン2人のデュオと、デレク・ベイリーというフリー演奏の極北ギタリストが来たはず。何故アヴァンギャルド/フリージャズ系ばかりだったのだろう?そういうのを呼ぶ好事家が居たのか?会場は小さな楽器屋の2階、地元の高校生バンドがライブやるようなスペースでやっていた) 

 その後、上京して晴れて憧れの洋楽アーティストコンサートに行ける。初めて買った「ぴあ」を眺めていると「NEW ORDER」という名前が。会場は新宿厚生年金会館。今調べてみたら85年5月1/2に来ている。となると上京してすぐチケットを買ったのか。中高生時代熱狂的に聴いていた「JOY DIVISION」のボーカリストが自殺した後、残りのメンバーで再始動させたバンドなので気にはなっていたが、高校時代に聴いたのは1stアルバムと「CONFUSION」というシングルのみ。前者は薄口なJOY DIVISION、後者は音が随分ディスコ寄りになっていた。これはこれで悪くないのだが、唄が下手・・・・正直、こんな外れた音程の唄を聴くのは初めてだったので「これで良いのか?」と悩んだ。JOY DIVISONも唄や演奏が上手というバンドではなかったが、NEW ORDERの場合は演奏がシーケンサーやドラムマシン使用でカチッとしているのでよりヘロヘロな唄が目立ちまくる。とは言え好きなバンドの後継だし、来日タイミングで出た「LOW LIFE」という新作アルバムが聴いてみるとなかなか良かった。打ち込みだけではなくかなりタイトなバンドサウンドもあった上、唄も前聴いた時よりまともに聴こえた。「これなら期待できるかも・・・」と思い初めての洋楽コンサートを楽しみにしていた。レコードの音は相当作りこまれた・・・いや、修正されているものだという事には考えが及ばず。 

 当日、会場に入ると席は真ん中より少し後ろ、相当な期待をして待った後メンバー登場。メンバー全員とても地味な装い、ポロシャツにジーンズorジャージ姿、そこら辺を歩いているアンちゃんと変わらない。1曲目は「CONFUSION」知っている曲だ。イントロはシーケンサーとドラムマシンのみ、ここはレコードと変わらない。さて歌とギターが入ってきた・・・ 1オクターブ高いキーで唄い出し、声が出なくてすぐ1オクターブ下げる。下げてもレコード以上に音程が外れている。ギターのリズムも全然合っていない。ベースもやたら音は大きいがヨタヨタした音、そんなストラップ下げて弾く前にちゃんと演奏しろよ。ドラムとキーボードはこの曲ではシーケンサーの操作をするだけで演奏してない・・・おお、ここでまともに聴こえるのはメンバーが演奏してない部分だけだよ・・・・。「え?何?こんなので良いの?」という困惑がレコード以上に襲ってきた。その後の曲からメンバー全員で演奏する曲になったが「キーボードの人立っているだけで演奏してないような?」「キーボードの人たまにギターも弾くけどリズムが怪しい・・というか全部半拍ずれてないか?」「唄はどの曲もまともに歌えていない」「ベースは全くリズム弾かないな、逆にギターはリズムしか弾かないけどカッティングがヘロヘロ」と頭の中に大量の「?」が浮かんで全く解消されないまま1時間少々のライブが終わった。 

 結局、判ったのはまともな演奏はドラムマシンとシーケンサーのみ、ドラマーはまあまあまともだが他のメンバーは高校時代の知り合いコピーバンドにテクニックでは劣るという事実。

 吉野家 冷凍 牛丼の具 30食セット

 今観たものの衝撃も冷めやらないまま、夕食を食べようと入ったのがこれも初体験となる「吉野家」(確か私の出身地に初めて吉野屋が出店したのは90年代半ばだったと思う)当時370円位だったか、「これが有名な牛丼屋か、安いけど美味いのかね?」と大して期待もせずに入ったがこちらは美味しく食べる事が出来た。甘辛い味付けに箸が進みすぐ食べ終わり、さっき観た4000円のコンサートとこの370円の牛丼の満足度の違いを複雑な思いで比較しながら帰路に着いた。

 

パンプド・フル・オブ・ドラッグス/ライヴ・イン・トーキョウ1985 [DVD] 恐ろしい事にこの日の演奏は後にビデオ化され販売された。今はDVDでも出ている。こういうパッケージ作品を出す場合、後から演奏や唄を録り直して出す場合もあるが、観た限りこれは全く修正されていないようだ。今でも観直すとあの時のジワジワした気分が蘇ってくる。その2年後、彼等は再来日し、これも観に行ったが随分まともなものになっていた記憶があるのだが印象が薄い。洋楽コンサート初体験があんなものだった為、その後観たコンサートのリファレンスがNEW ORDER初来日になってしまった…普通に上手い演奏とか観ても何かしっくりこない感じ。  

ロウ・ライフ【コレクターズ・エディション】

初めて食べて満足した吉野屋は今では殆ど行くことが無い。稀に朝早い外出時に朝メニューを食べる位で牛丼はここ数年食べていない。NEW ORDERは今では大御所になってしまい、レコードや最近のライブをチラ聴きした限り随分まともな演奏と歌になっている。曲も悪くない。今でも好きなバンドだ。しかし今でも一番聴くのは発来日公演時に出たアルバム「LOW LIFE」だ。最初の印象がどう転ぶかなんて判らないものだ。(吉野屋は年齢的な部分が大きいですが、でも、今牛丼食べるなら松屋の方が良いかも)

 

 

Humble Mumble その26:「声優狩り」あるいはInglorious Bustards(2009 U.S.A)

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大変申し訳ないが、私は日本の声優さんが苦手だ。最近ではアイドル化され歌ったり踊ったりもするという。原語で聴くより日本語吹き替えは数段テンションが高く、場面の雰囲気ともズレがあり見ていて疲れる。もちろん上手な人もいるんだけど、声優を目指している方、ごめんなさい!ワタス、ダメナノ!

15年以上前から、日本のアニメをわざわざ英語吹替えにした輸入盤DVDにはまった。BIG Oに始まり、CowBoy Be-Bop,、サムライチャンプルー、攻殻機動隊、Ghost In The Shell, Witch Hunter Robin, Death Note、精霊の守り人などは英語の勉強にもなり大変楽しませてもらった。今はもう下火らしいが、当時の海外の声優さんもひとりで何役もこなしたりして、CowBoy~では主人公スパイクの昔年の怨敵ビシャスを同じ声優さんが声色を変えて演じていてトリハダがたった。海外では声優さんの名前は大事にしないが、あれこれ見てると「あ!これあの人の声!」と発見した時のワクワク感。誰にもわかってもらえないマイ・ブームだった。この行為を自分で「声優狩り」と呼んで悦に入っていた。 

イングロリアス・バスターズ [DVD]

様々な言語が飛び交う映画での吹替えはどうなってしまうのだろう。悪名高き?タランティーノ監督作品、Inglorious Bustardsは第二次世界大戦下、ヒトラーが暴挙を働いていた時代。バスターズはゴースト・バスターズではなく、アメリカでユダヤ人を中心に結成されたナチスを皆殺しにしていく兵士軍団だ。嬲り殺しては頭の皮を剥ぎ、必ずひとり生き残らせてどれだけ彼らが恐ろしい存在かを周囲に知らしめる。一応主人公らしいブラッド・ピットが「あんた、絶対普段はそんな英語しゃべらないでしょう!」てくらい、大声で南部訛りの強いアメリカ英語を一本調子に話し非常に煩わしい。

フランス人はフランス語を話し、ドイツ人はドイツ語をイギリス人はブリティッシュ英語を話す。そんな中、ドイツ人女優がイギリスのスパイとして暗躍する。イギリス将校もドイツ人将校に扮してドイツ統治下のフランスに潜り込み、さりげなく地元のパブで作戦会議と思いきや、ベロンベロンに酔った下っ端のドイツ兵に「失礼ですが、変わった訛りですね~」とつっこまれる。こんな細かいところ、どうやって日本語吹き替えするのかな。

山奥の村で育ったから、村じゃみんなこうだ、で誤魔化すものの、あっけないミス(イラスト参照)で正体がばれて皆殺し...「光をくれたひと」のマイケル・ファスベンダーが英国軍人、「マルクスとエンゲルス」で髭もじゃマルクスを演じたアウグスト・ディールがオールバックバリバリ軍服のドイツ将校を熱演しててステキ! 

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名シーン「That's a Bingo !」

でもでも、この映画での最高の収穫は今まで気が付かなかったけど、冷血で自己中のナチスSS高官、別名「ユダヤ・ハンター」、クリストフ・ヴァルツ演じる「ランダ大佐」!アカデミー賞など総なめで、確かに悪人にも関わらず、超お茶目で各国語堪能(本人はドイツ系オーストリア人?)、些細な仕草にも見入ってしまう。人格からにじみ出るアドリブだと確信!アメリカ人を真似して「ビンゴーっ!」と言えた時のはしゃぎぶり!ここだけでも見てほしい!(見て見て‼予告編で!)もう、完全に主役を食ってるし!そういえばこの方、「Tarzan:Reborn」でも悪徳商人を演じていたが、妙に細かい芸が素敵で印象に残っていたっけ。タラ監督のお気に入りらしく、他にも多数出演しています。近年の作品で、オランダを舞台にした「チューリップ・フィーバー」では17世紀の豪商を演じているけど、これはちょっと本領発揮できてなくて残念だったな~。てか、彼だけがまともで他の配役、脚本になんか無理があり、鼻息荒く期待していただけにな~。でも「チューリップ~」を見て検索して、C.ヴァルツに辿り着いたので結果大儲け! 

フランスを舞台にしてるのに、みんな英語とか、ドイツ映画でも英語とか、イマイチ感情移入しようがない作品も多々ある中、「バスターズ」は通訳まで使って、細部に至るまで「言語の違い=人種の違い=偏見・争い」を、過激な描写の中にも自然に世界の広さを見せてくれている気がしました。ちなみに、日本語吹き替え版はまだ見ていません。あしからず!

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マンプク宮殿22 去るもの来るもの

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 数日前、阿木譲が亡くなった事を知った。70年代後半~80年代に「ROCK MAGAZINE」という雑誌を主宰し、VANITY RECORDSというレーベルも作り「AUNT SALLY」や「DADA」とか出していた御仁。それ以降も新しい雑誌を出したり、クラブを関西で運営していたりという話は聞こえてはきたがそれについて深く追いかける事はしていなかった。6年ほど前、「音楽評論家がストーカー行為で逮捕」という記事が出て、誰がそんな事を?と思っていたらこの人がやらかしていたので驚いたが、それが生前メディアで大きく取り上げられた最後だったのではないだろうか?
「東のFOOL’S MATE 西のROCK MAGAZINE」と言われていたらしく、両誌ともプログレ、ヨーロッパ系アヴァンギャルド、ポストパンク等を紹介する雑誌だったが、関西で発行されていたという事情もあるのか、私の住んでいた地域では入手する事は出来なかった。

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Rock Magazine 関西の雑誌だったので、池袋在住の中学生だった店主タヌには入手困難な雑誌の1つだったが、表紙は他の雑誌で広告をよく見ていて、こういう昭和の未来感が炸裂するヴィジュアルに、無意識に感化されて育ったのは否めない。つまり自分の美的感覚はここから育っていない

彼の文章を初めて読んだのはBRIAN ENOのアルバム「ANOTHER GREEN WORLD」ライナーノーツだったか、アナログ盤は実家に置いたままなので今再読は出来ず、どんな事が書かれていたのかも全く記憶に無い。
上京してから輸入レコード屋や古本屋でようやく雑誌を入手。発刊時期によって版型や装丁がかなり変わる雑誌だが、印象としては雑誌というよりムック本、随分デザイン、レイアウトに凝った本だなと思った。当時のペヨトル工房や工作舎という出版社から出ていた本と同じような雰囲気。その後、本人著作の「ROCK END」という本を購入した記憶はあるのでそれなりに興味を持って追いかけていたはずなのだが、今家を捜索してみるとROCK MAGAZINEのバックナンバーが1冊出てきただけで、それ以外の本は全て消滅している。結婚→引越時に書籍大量処分をしたがその際に捨ててしまったらしい。本のデザインや装丁は記憶に残っているのだが、はて?阿木氏の書いた文章はどんな内容だったのか全く思い出せない。辛うじて「なんか間章の文章に似ている感じがする・・・」というぼんやりとした感触だけが残っている。そういえば間章の本も一時期随分集めたが今は1冊しか本棚に無い。どちらも紹介している音楽は興味深いものなのだが文章が私には濃すぎた?理解できるだけの脳が無かった?どちらも真実だが、ペダンチックな匂いに噎せそうになったというのが真相だったように思う。私は彼等の良い読者では無かった。

妻は阿木氏がラジオで紹介する音楽がどれもこれも面白く、とてもためになったと言っている。「METABOLIST」「THROBBING GRISTLE」等をラジオで初めて聴いて衝撃だったと。私もそのラジオを聴いていたら印象が変わっていたかもしれない。

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Fool's Mate 店主タヌも10代の頃ガチで読んでいましたが、平成に入り日本のヴィジュアル系バンド雑誌に変わってしまい縁遠くなりました

FOOL’S MATEの北村昌士氏は12年前に既に亡くなっている。阿木譲は10/21に亡くなった。そしてその2人が絶賛していたバンド、THIS HEATが今日来日公演を行う。中学時代出会ってから今に至るまで多大な影響を受けたバンド。まさか観られる日が来るとは思っていなかった。そういえばどうしても手に入らないTHIS HEATのカセットのみリリース作品をようやく入手できた店、明大前にあった「モダーン ミュージック」(何年も前に店舗は閉めて通販のみになっていたが)の店長さんも昨年亡くなっていた。

 去るものもあれば来るものもある。しかし、自分の年齢から考えても今後は去るものが圧倒的で、来るものは指折りで数えられる位だろう。そしてそろそろ自分も去る方にまわる筈だ。来るものは大事にしておかないと。

(阿木氏が生前手がけていた雑誌の最新号がこれから発売されるという話も聞いた。追悼になるのか。出たら読んでみたいと思う。)

Humble Mumbleその25:「婚約者の友人」(FRANTZ 2017・仏独)

私はなんとなくフランスが苦手だ。それなのに大学の第二外国語はフランス語を専攻してしまい、どうやって乗り切ったか全く記憶がない。フランス自体行きたいと思ったこともないし、今の今までかすったこともなく意外がられることもある。縁がないんでしょうね~。フランス映画もなんか、あの発音とコンセプトが苦手で敢えて見ようとはしなかった。だが、数年前にファッション界の巨匠イヴ・サンローランを、まるで生き写しのように演じているピエール・ニネという青年(当時24くらいか?)の殺気さえ感じるキレッキレッ感には結構打ちのめされた。

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ピエール・ニネ扮するイヴ・サンローラン。私はファッション史に疎く、作品中暗闇で大汗かきながらオカマ掘られるシーンとか多発して、お恥ずかしながら映画観るまでサンローランがどういう人か全く知らなかったので、かなり吹っ飛びました。映画って予備知識なしで観る方が破壊力強いですね(タヌ談)

その彼が「婚約者の友人」という最新作に出ているという。「ああ~、知ってる知ってる、なんか、婚約者を友達が殺しちゃうって映画でしょ!」と、あっけなくタヌにネタバレされて、なんだ、そうなのかい!で、そのまま見ないでおいた。

結果、もっと早く見てればよかった!婚約者がからむ、何かベタベタのコマンタレヴゥ~な映画なのかと勝手に思っていたが、フランス語とドイツ語が混ざった、時代背景を忠実にモノクロとカラー映像で交互に映し出す、非常に美しい切ない名作だった。

婚約者の友人 [Blu-ray]

1919年、第一次世界大戦後、多くの命が失われていた。当時の敗戦国ドイツ。「祖国のために戦え!」と息子を戦地に送り出したものの、大きな代償に苦しむ夫婦、その息子の婚約者アンナは悲しみに浸りながら戦後の日々を送っていた。亡骸も埋まっていない墓地に毎日のように墓参りに行くアンナ。秋には結婚するはずだったのに...

すると見知らぬ男が墓前で泣いているではないか...昨日も花をたむけてくれたのはあの人?

一目で「フランス人」と分かるのも日本人には不思議なものだなと思った。亡くなったフランツ(原題は彼の名前)も、まんま「ドイツ人」なのだ。戦前はフランスが大好きで一人で留学もしていたフランツだから、その時の友達が墓参りに来てくれたのね?もう戦争も終わったし...と、美しい誤解から話は進んでいく。

最初はフランス人なんか!と拒絶していた父親も、ある日現れた「婚約者の友人」アドリアンから生前の息子の話を聞かされるうち、まるで息子が帰ってきたかのように、生き生きとし始め、反フランス派の仲間の前で彼をかばうまでになる。アドリアンが語るフランツとの思い出シーンが急にカラーになるのも胸をうつ。

しかし、それがすべて「芝居」だと解ってしまう。アンナと見ている私達だけに。そこからが残酷だ。戦場で殺るか殺られるか選択肢のない状況で、目の前に敵国兵がいたら誰でも撃つだろう。でも殺る側にも殺られる側にも家族がいて、今まで生きてきた人生があり、これからの未来だってあるのだから。

忽然と姿を消したアドリアンを探しに、今度はアンナがフランスまで彼を探しにいく...勝戦国とはいえ、車中から見える荒れ果てた廃墟。戦争の惨さ。フランスに入れば「このドイツ人が」と途端に形勢は逆転する。どうにもならない運命に翻弄されながら、悲しい悲しい結末に向かって。

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マネ「自殺」

アドリアンが苦し紛れに語ったフランツとの嘘の思い出の中に、印象派マネの作品「自殺」が重要な鍵として出てくる。フランツの好きな作品だったと。エンディングはカラーに転換されたこの絵のドアップだ。決して綺麗な絵ではない。でも、自殺してでも生まれ変わって新しい人生を生きていってほしい、そんな無言のメッセージを感じました。そして、なぜか、常にピエール・ニネの顔が猟犬ボルゾイと重なり、タヌに検索してもらい、妙に納得しました。いい映画です。ぜひ。

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ボルゾイ 四肢が細長く、仔犬はホント折れそうです


 

 

マンプク宮殿21 とんかつ村とTrash

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 私の通っていたマスプロ私立大は、80年代の大学キャンパス郊外移転が相次いだ時期に、八王子市と橋本市の境に一部学部を移転させた。私はそこに移転2年目で入学したのだが、3,4年生はそのまま元の場所に残ったので、無駄に広い学内に2学部だけの移転で1.2年生しか居ない為、非常に閑散とした中に放り込まれた。図書館も棚に空きが目立ち、購買部も何とも淋しい品揃え。高校時代の友人が多摩動物公園近くの大学に通っていたので一度遊びに行ったが、そちらは何もかも段違いの充実振りで、余りの環境の違いに我が身を呪ったものだ。昨年話題を独占したKK学園獣医学部開学後の惨状を見聞きすると、昔の自分が居た環境を思い出す程。
 本校市ヶ谷キャンパスでは学生会館というものがあり、そこがサークルや学生組織の活動場所になっていたが、完全学生自主運営という名の元、新左翼系運動の拠点になり大学当局が対応に苦慮した事もあったのか、新キャンパスは学生のたまり場となる場所を意図的に排除したような作りになっていた。サークルというものも殆ど無し。
上京したらバンドでも組めれば良いなと思っていたが、上京組の友人にはその手の嗜好の奴は居ない。そして学内でもそういう知り合いは絶無。そして最大の問題として、高校時からギターは持っていたが、サウンドホールにワイヤレスマイク放り込んで盛大なハウリングと短波ラジオをコラージュ、ハサミを弦に押し当てて謎スライドギター、フレッドフリスごっこと名付けたテーブルにギター置いて弦に豆や磁石を放り投げる、真面目に楽器としての練習を怠っていたので、そもそも人と合奏出来る技術が無い。これが最大の問題なのは自覚していたがどうにもならず。ならばきちんとギターを練習すれば良いのに、何故かベースを購入して真面目に教本やコピー譜を使い、自宅練習に励んでいた。あても無いのに・・・。
 僥倖というのか、同じゼミの奴から、彼の友人がバンドを組んでいてメンバーを探している、で、あんたに会いたがっているという話が来てそのバンドに参加。ギターをやってほしいというので実家からギターを送ってもらい、殆どまともに弾けないながらギタリストとして復帰した。
 練習場所は件の学生会館内、バンド自体が市ヶ谷のサークルに所属しているので、私もそこに所属してほしいとの事でサークルにも参加させていただく。サークルが持っている部屋がリハスタとなっており、そこを週一回の部会で取っていくシステムなのだが、私の入ったバンドは殆ど競合も無く毎回決まった時間を取れていた。日曜の朝、誰も取らない時間帯。

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一般的なメンチカツ定食(写真:小川港魚河岸食堂HPより)

 学生なんぞ、週末は昼位まで寝ている時代だったが、メンバー皆八王子、蒲田、渋谷(これは近いが)から殆ど遅刻も無く市ヶ谷までやってくる。私も最初は西八王子から、1年後には京王線千歳烏山駅と大分近くになったが、日曜朝9時の閑散とした学内まで良く通ったものだ。
 リハが終了するのは昼、今なら昼だろうがなんだろうが飲める場所を探すところだが、当時は飲酒の習慣が無く、他のメンバーもそうだったのか(思い出せばメンバー全員で飲み屋へ入ったという事は一度も無かったような)安く食べられる飯屋に行っていた。神楽坂入口あたりの地下にある「とんかつ村」という店。今はもう無い店だが、調べてみると千葉が本社で神楽坂以外では神保町にお店があったらしい。メニューは「村」だけに「村長セット」とか「村の三役セット」とか「村長セット」「青年団セット」とかあった記憶が、恐らく村長はヒレカツ、三役がロースカツだったのか?判らない、食べた事が無い。いつも頼むのは「青年団セット」メンチカツだった。リハ後に食べるこれは、何かとても美味しかった記憶がある。今食べて美味しいと思うかどうかは判らないが、気のおけない仲間と共通の目的に取り組んだ後に食卓を囲むというのは、それだけで若い時分には最高の調味料なのかも、と柄にも無く感じたりする。学生の頃食べた貧しい食事に郷愁を感ずる事はあれど、もう一度食べたいと思う事は無いが、青年団セットはもう一度食べてみたいな、と思う事がある。無理だけど。

 当時、どこかへ移動するときにポータブルカセットプレイヤーで良く聴いていたのがTHE STALINの1stアルバム「TRASH」。新左翼の拠点でもある学館に向かう時に「革命的日常」豚喰った後に帰宅する時は「解剖室」朝一の授業出る為に空腹を抱えて登校する時は「メシ喰わせろ!」とまあ見事なBGMだ。このアルバム、トータルプレス枚数が3.000枚程度だったらしく即完売。権利関係が複雑なのか、一度も再発された事が無い。私もレコードは持ってなく、友人からダビングされたカセットを擦りきれそうになるまで聴いていた。後に不正コピーのCDが出たり、B面のライブ録音は同じライブの会場録り別録音がBOXセットに収録されたりしたが、このレコードは機会があれば当時の本物を手元に置きたいと今でも思っている。凄まじく高額になっているのでこれも無理だが。

飢餓々々帰郷(DVD付)
飢餓々々帰郷/遠藤ミチロウ(DVD付)
これにTRASHのライブと同じ時の客席録音ライブが入っている

 

 そういえばこのレコードのライブ部分、収録会場は私たちがリハで使っていた学館のホールだった。そして数年前知ったのだが、ジャケを描いた宮西計三氏は今私の故郷、盛岡市でワインバーをやっている。今年時間があったら訪ねようと思ったが、夏は時間が取れず断念。来年は行けるだろうか?無理になる前に実現させなくては。

 

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Trash オリジナル盤ジャケット。正規にCD化されていないため、Amazonからのリンク画像ではありません





 

Humble Mumble その24:「ケス」(KES 1969 UK by Ken Loach)

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私の英語は非常にいい加減である。中学の時は英語が大嫌いで、長じて高校2年で音楽を通して歌詞やアーティストの記事の意味が知りたくなり開眼、独学で辞書を引き引き、米軍放送を聴きつつ耳を慣らしたものの、時すでに遅し。Queenと漫画にうつつを抜かし、浪人決定!当時クラスで浪人した女子は私を含め2名だった。ロックを聴いてるのも男子2名と私だけだった。やっと入れた大学も滑り止めの法学部"(-""-)"。「阿呆学部」と、よく父に揶揄された。
そんな私が巡り巡って、経費削減のため、昔、妹のコネでUKデスメタルバンドの同行通訳(私に頼むなんてスッゲー、いい加減!!!)をした事があった。メンバーは全員入れ墨、ロンゲで恐ろしかったがマネージャーが苦労人の敏腕紳士で、日本人(sort of!)は若く見える事もあり、ペットのように可愛がってくれた。「君の英語はケンジントン訛りがあるね。どこで勉強したんだい?」
「North YorkshireのSkiptonデス!」ケンジントン訛りなど知る由もなく、マネージャーの反応たるや、大爆笑。「Leaning English in Skipton(羊の町の意)!!!ガハハハハッ!」
「It's a Yorkshire thing!」と冷めた表現があるほど、当地は訛りが酷く、日本で言えば、青森のズーズー弁のような、日本人が初めて来た羊ゴロゴロの村で3か月、国際交流活動に勤しんだ事が私の人生のターニングポイントにもなっているが、確かにYorkshireの方々の英語は独特でヘビーだった。(全員じゃないです。念のため!)自然が美しく、よそ者の私にはただただ夢のような時間だったけど!

ケス [DVD]

KESは朋友、Essex在住のPeter Hall(初期HMで紹介のFull Montyに登場。介護全う!R.I.P.)オススメの映画だ。50年も前の社会派(左翼?)ケン・ローチ監督初期の作品。「僕の大好きな映画なんだ!」て言われりゃ見たくなる。ネットで調べたら1999年英国映画トップ100の7位に君臨していたという。しかし、レビューがどれもこれも暗い。タヌに至っては可哀想すぎて最後まで見れなかったという。ハヤブサと少年の心温まる映画...なんかじゃない。とにかく訛りが凄い。アメリカ版は全編吹き替えられたほどだ。炭鉱しか産業のない貧しい町。母子家庭。何かと言えば体罰を振るわれるセカンダリー・スクール。(日本と制度が違うから...15歳で卒業。就職)ズルもすれば盗みもする、嘘もつけば喧嘩もする。何の目標もない主人公ビリーが、ある日ハヤブサの雛を手に入れ、飼育書を万引きして、早朝の新聞配達、つまんない学校をこなした後、懸命に育てていく。
彼の置かれている環境、先の見えない生活、炭鉱でだけは働きたくない。父親違いの年の離れた兄貴(炭鉱勤務)にはいつもボコボコにされっぱなし。母親も2回結婚に失敗しているけど、いい人がいたら落ち着きたい。でもね~そうはいかないのよね~。あと4か月で卒業。15歳で就職面談もある。ワルとつるんでタバコなんかも吸っちゃうから、校長室に呼ばれる。
ほとんどが素人を起用し、順番通りに撮影しているから、次に何が起きるか出演者はほとんど知らされていないという。それだけリアイリティに満ちていて、いや、満ちすぎていて、最悪のラストには涙も出ない。「これが現実か!」と。鳥は人に飼われているようでも、自由に空を飛べる。どんなにケスを調教しても、彼はどこにも飛び立てない。たまたま授業で最近自分の身近に起きた「事実」について何でもいいから語ろうというテーマの日、ビリーに白羽の矢が立つ。日頃無口でガリガリでひ弱に見える少年が、段々熱が入り専門用語を使い、臨場感たっぷりに飼育ぶりを語り始めると、何にも興味のなさそうな同級生たちも真剣に聞き入り、質問まで飛び交う。こんなに可能性を秘めているのに。
はなから「落ちこぼれ」「脱落者」の烙印を押されたビリーと仲間たちが校長室に呼ばれる。たまたま伝言を伝えに来た下級生まで巻き込まれてしまう。校長は怒鳴りっぱなし。生徒の意見なんか何も聞かない。体罰のひとつとして、西洋では両手の平を細い杖でひっぱたく。これ、本当に「叩かれるふり」ではなく、全員マジで叩かれている。この映画の有名なシーンだと言う。巻き添えをくって、葡萄のように大粒の涙をボロリとこぼす下級生と怒り狂う校長(顔も髪形も怖い)が主人公以上に、くっきり心に刷り込まれてしまいました。7位に君臨している映画だけに、英国人の魂には直球で響くものがあるのだろう。うん、うん、凄くよくわかると私が言ったら、きっとそれは嘘になる。映画の舞台はヨークシャーでも南部で、私が知っているヨークシャー北部とは全然違うのも考えさせられるものがありました。

PS.この後、たまたま見つけた「Versus The Films and Life of Ken Loach」(2016年ドキュメンタリー)を合わせて見ると、イギリスの知られざる部分が浮かび上がってきます。
お暇なら見てヨネ!

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