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episode 1105 : A Real Life

「ほんとうの世界」

 さきの大震災で運行に甚大な支障が発生した東北新幹線は、途中最大余震に阻まれながらも4月29日、遂に全線開通を果たし、減速ではあるがバスや自動車で何時間もかけたり迂回ルートなど不慣れな手段での移動より遥かに楽に東北入りができる為、この連休を待って東北の親類縁者を労いに、また復興支援にと足を運んだ人は多かったのではないか。内陸が幸いしてあまり被害のなかった岩手県盛岡市に実家のある主人や私も、不安定な道路状況の中を命がけで向う被災地支援者の足を奪うよりも、東北新幹線が全面的に復旧してから親の顔を見よう、と指折り数えていたなかの1人だった。

 ようやく迎えた連休に、ホームに入ってくるはやてを見て、思わず涙ぐんでしまった。結婚してから太い縁となった岩手、東北新幹線は私にとって東北の象徴だ。新白河辺りから一気に減速が始まると共に、車窓の向こうにはブルーシートのかかった屋根が現れ、それは仙台を抜ける頃には最高潮に達し瓦礫の山もそこここにあった。とはいえはやては遅れもせず時刻表どおりに盛岡へ着き、復興ムード一色の駅前広場では郷土舞踊や県産品の即売が明るく和やかに帰省客を出迎える一方で、今なら誰でも言えそうな内容をここぞとばかりまくし立てる街頭演説に向かい、怒号し続ける人々もいた。

 繁華街は新幹線開通でやっと帰れた帰省客でごった返し、食事時など空いている店を探すのが一苦労な程だった。盛岡についた日の夜、地元の友人達と互いの無事を祝ったが、車窓から撮ったブルーシートの写真を見せると、友人の一人が
「屋根があるだけ、まだいいよ」
と見せてくれたのは、彼の母方の親戚が多く住む、陸前高田市の写真だった。彼は震災後2週間も経たぬうちに、車に弟を乗せ一路陸前高田へと向かったという。
「もう、何かを感じることすら出来なかったよ」
大津波警報を軽視し自宅にいたところ、2階まで上がってきた水に命を奪われた叔父さんの家の中、90度ひっくり返ったお母さんの実家に誰のうちのかわからない屋根が突っ込んでいる写真、かつてここには何かがあったという沢山の写真と止まらない説明の中、居酒屋でワイワイやりながら流れていく楽しい時間。彼の叔母さんは今だに行方不明だという。どちらが今自分が生きているほんとうの世界なのか、判断に迷う瞬間があった。彼はひとしきり話した後、酔いが廻ってへたり込んでいた。

 市街地では「災害支援車」と書かれた陸自のジープが普通に走っていたし、テレビでは今だに災害支援用連絡テロップやフィラーCMが流れ続けていたから、決して虚構の世界や出来事ではないはずなのに、まるで地震を機に時空が分断されてしまい、違う時が流れる幾つかの世界に分かれてしまったかのような感覚に襲われる。岩手とはいえ内陸に位置する盛岡は、ニュースや写真で見る沿岸の被災地とも、東京とも違う。明るく平穏だが所々に私を呼び止める物が落ちているような、そんな場所のような気がした。混乱した感覚を引きずりながら、満開の桜が散り始めた盛岡から私達は帰路も定刻に無事帰京した。

May 2011