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マンプク宮殿10 アースバウンドと萩の月

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 各地方の土産菓子。私の出身地だと「○○○の玉子」がまあまあ知名度がある模様。しかし、東北地方の土産菓子で一番人気あるのが仙台の「萩の月」なのに異論はないだろう。上京してから数十年、帰省時に「お土産は萩の月で」と何度頼まれたことか。確かに地元の駅でも「萩の月」は売っている。しかし、まるで仙台の属国のような扱いに憤った事もしばしば。

 とは言え、初めて食べた時「萩の月」の麻薬的な美味さに感動したのは否定できない。自分が仙台に行くことがあったら買ってこようとも思った。食べ物全般にあまり執着心が無く買い食いや自分でスーパーに行きお菓子を買い求める事もなかったあの頃の自分にそう思わせる位の魅力的なお菓子だったのだろう。 

 

萩の月 (8個入) 菓匠三全 仙台銘菓

仙台銘菓 萩の月。全国に「〇〇の月」という類似品を散見するが、
本家を越えるものに未だ出会った事はない

 

前回のマンプクで登場した中高生の時熟読していた本「キングクリムゾン 至高の音宇宙を求めて」の巻末ディスコグラフィーでは当然クリムゾン自体の作品が紹介されているのだが、一応有名バンド、国内盤も普通に発売されており地元のレコード店でも載っているカタログはほぼ全ての作品が容易に入手可能だった。1枚を除いて。

 「EARTHBOUND」なるタイトルのライブ盤、真っ黒のジャケ、左上にバンド名とタイトルだけというやる気の無さが伝わるデザイン。解説ではカセット録音の劣悪な音質、契約消化の為にリリースされた作品で、アメリカで販売権を持つレコード会社はリリースを見送りとの事。日本はアメリカ経由の契約だったので当然発売無し。

 メンバーの関係が悪化していた時期なのでリーダーのフリップ翁とそれ以外のメンバーの音楽性の違いが露わになっている作品と書いてあった。

 どうも本の著者はあまり評価できない作品と考えているらしいが聴けないとあれば聴きたくなるのが性。とはいえ持っているような知り合いも皆無ならば輸入盤を扱う店に問い合わせても「何ですかそれ?」状態。地元の輸入盤扱い店は米国盤が殆どで英盤はその当時盛り上がりつつあったニューウェイブ・ポストパンク系新譜が少々入ってくるのみ、バックカタログの入荷は無いらしい事が判明。(毎回毎回そんな話ばかりですが当時私自体が毎度の状況にウンザリしておりました・・・その気分を分かち合っていただきたい・・・)

アースバウンド(K2HD/紙ジャケット仕様)

 しかし僥倖があった。当時地元では唯一のFM局だったNHKFM、渋谷陽一のサウンドストリートなる番組でこのアルバムの冒頭曲「21世紀の○○○○者」がオンエアされるという情報を掴む。放送時間が遅いのでステレオで大音量では聴けない。自室に籠りラジカセを耳元に置いて備えた。

 一聴してすぐ音質劣悪と判るゴロゴロした客席音に続くドラムカウント。その後出てきたのは今まで聴いたことのない位極悪なファズ塗れのギターリフ、ボーカルもドラムも歪みまくり。途中でブレイク後、サックスソロが入ってくるが悲鳴にしか聴こえない。

 「プログレというよりノイズミュージックやTHE POP GROUPとかTHIS HEATみたいなオルタナティブロックだな、これ。」と布団の中で呟きながら猛烈に興奮していた。

 音質の悪さが数段増しの迫力と化している曲をエアチエックしたテープで何度も聴き直しながら「これは何としてもこのアルバムを手に入れねば!」と決意した。

 おりしも夏休みに入る時期、仙台にプログレを専門的に扱う輸入盤屋がある事を把握していたので電話してみた。「EARTHBOUND?再発盤ならありますよ」という返答を貰ったので高校生にもなった事だし日帰りで遠出旅行をしつつ買いに行こう!とテンション高めで算段を始める。当時既に東北新幹線は開通していたが往復の運賃が高過ぎる(運賃でレコードが5枚は買える!)為断念。半額以下で行ける長距離バスを使い向かった。2時間半程で仙台到着、観光?しないよ!目的の店に直行。「KING CRIMSON」というプレートが刺さっているコーナーを探ると有った!

 それまでモノクロ写真でしか見てなかったので黒字に白文字だと思い込んでいたジャケが実際は銀文字で印刷されていることをそのとき知った。店の他のコーナー、「VAN DER GRAAF GENERATOR」とか「SOFT MACHINE」なんて名前が独立してあるのに「流石都会は違う」と思い見てみるが何枚も買う金は持ち合わせていない。「これは次の機会に・・・」と誓いつつ1枚だけを購入し店を去った。 既に帰りのバスまで数時間。どこか観光しようにも懐は寂しい。仕方ないので立ち食い蕎麦屋で腹を満たし、あとは大型書店で地元には入ってきていない音楽雑誌&書籍を立ち読みして過ごした。

 遠出をしたら家族にお土産、という殊勝な考えをその頃は持っていたのだろう。今なら笹蒲鉾とか牛タンとか考えつくのだろうが、子供の頃の刷りこみで萩の月を求めて土産物コーナーに向かう。何個かセットで化粧箱に入っているのは高い!買えない!仕方ないのでバラで三個買った。父、母、妹。自分の分は無。帰宅して家族に三個の土産を渡すが不憫に思ったのか母は手をつけず賞味期限ギリギリで私の胃袋に収まった。母上・・・申し訳なかった!

 それから以降の夏休みは毎日このアルバムを聴く。朝飯食べたら聴く。外出から戻ったら聴く。部活に行ったらカセットに録音したものを部室で聴く。従兄が家に遊びに来たら無理やり聴かせる。妹がステレオでトシちゃんを聴いていたら問答無用で針を上げて交換して聴く。さすがにそこまでやると盤も痛むのだろう、二学期が始まる頃にはより歪みが増して迫力倍増したような気がした。

 そして二学期が始まって間もなく、当時読んでいたロッキングオン誌の広告欄に目を通すと販売元が変更になってクリムゾン全作品廉価再発売と出ている、その中に黒いジャケが有った・・・買った当初は「このアルバムを持っている高校生なんて地元では俺だけだ!」などという何の得にもならない自負があったがその気分は一月も持たなかった。今にして思えばFMで放送されたのも再発に向けたプロモーションみたいなものだったのだろう。

 国内盤発売されて後、同学年のロック好きの連中何人かがこのアルバムを買って「凄い!」とか言ってくるのを複雑な気分で聞いて頷いていた。負け惜しみのように「1曲目以外は実はあんまり面白くないよな。B面の変なドラムソロ長過ぎ!」なんて言いながら。実際は変なブルースセッションみたいな曲も途中から始まり途中でフェードアウトするいい加減な編集をされた曲も浴びるように聴き狂っていたのに。

  今となってはこの時期のライブ録音は本人達のオンラインショップでほぼ全公演聴けるようになっている上に、今月にはこの時期のスタジオ録音&ライブ録音27枚組という化け物のようなお布施セットも発売される。しかし断言するがEARTHBOUNDより衝撃を受けるライブなんてその中には存在しないはず。あの録音状態と演奏の無茶な感じは奇跡的な恩寵みたいなものだろう。EARTHBOUNDハイレゾ版などという録音の悪さが魅力になっている作品を全否定するかのような変なものが含まれているのは少し興味深いが。

  今や萩の月は盛岡駅でも買える。たまに都内でもアンテナショップ限定販売されたりする。必死に三個だけ買うような事ももうない。しかし一番美味しく感じたのは母の情けで腹に収まった1個だったような気がする。